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“宇宙冷蔵庫”誕生秘話――ツインバードの冷蔵庫はいかにして宇宙へと羽ばたいたのか?滝田勝紀の「白物家電、スゴイ技術」(1/3 ページ)

» 2014年04月11日 17時55分 公開
[滝田勝紀,ITmedia]
米国の船外活動(US EVA20)で撮影された「きぼう」日本実験棟 / 撮影日:2012年11月1日(日本時間)(c)JAXA/NASA

 ツインバード工業という企業をご存知だろうか? 新潟県燕市に本社を置く中小家電メーカーで、最近では“ジェネリック家電”をテーマにした雑誌記事などで名前を聞くことも多い。だが、実際はそれとは逆に、高い独自技術を持ち、他社が実現できないスゴイ冷凍冷却ユニット「FPSC」(フリーピストン・スターリング方式冷凍機)の量産化に成功したメーカーであることは意外と知られていない。

 同社の技術力は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)のお墨付き。その冷凍冷却ユニットをベースに作られた宇宙実験用冷凍冷蔵庫「FROST」は、2013年8月に、種子島宇宙センターから補給船「こうのとり」に積み込まれ、国際宇宙ステーションへと打ち上げられた。

 国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」では、宇宙飛行士たちが実験サンプルなどを保管するため、現在も活躍中の冷凍冷蔵庫「FROST」の開発をJAXAから依頼され、ベースとなる冷凍冷却ユニット「FPSC」の技術を提供した経緯などについて、ツインバード工業の担当者であるSC事業推進部の藤野仁氏に話を聞いた。

地場産業の加工技術

 「FPSC」(フリーピストン・スターリング方式冷凍機)という聞き慣れない冷凍冷却ユニット。これは、2002年に世界に先駆けてツインバードが研究開発、2004年に量産化に成功した冷凍冷却ユニットである。一般的な冷蔵庫などで使われている「コンプレッサー式」とは違い、冷媒ガスは液化せず、潤滑油も使わず、安全で環境に優しく、省エネでコンパクトなのが特長だ。

ツインバード工業の担当者、SC事業推進部の藤野仁氏

 「基本原理は1816年にスコットランドのスターリング博士によって発明されました。ヘリウムガスを冷媒に使い、“スターリングエンジン”の逆サイクルで圧縮と膨張を繰り返すという次世代の冷凍冷却ユニットです。内部にはヘリウムガスが充填されたシリンダーがあり、その中には2つのピストンを上下直列に設置。下のピストンはリニアモーターで稼働し、上はその稼働に伴うガスの圧力変動によって間接的に動きます。ヘリウムガスを圧縮させると温度が上がり、逆に膨張させると冷えるという、気体ならではの自然の性質を利用します」(藤野氏)。

 1990年代の終わりぐらいまで、この「FPSC」はアメリカなどでも研究され、製品化もされていたが、構造が複雑でほとんど手作業で作られていたという。このため、技術が優れていることは分かっていても、量産は難しいというのが専門家の常識であった。だが、そんな常識を打ち破ったのが、ツインバードの技術力と、地場産業の加工技術であったという。

 「『FPSC』を作るのには高度の金属加工技術と精密な組み立て技術が必要です。例えば、シリンダーとピストンの隙間はわずか0.01ミリと、“自動車エンジンの10倍の精度”が要求されます。われわれはそれらの専用機械を開発することで、量産化を実現しました。ただ、もちろんその機械を社内だけで作るのは到底無理で、新潟県内の地場のステンレス加工業を始め、15社ほどにさまざまな部品の開発を依頼することで、なんとか実現にこぎ着けました」(藤野氏)。

 藤野氏は、「おそらく日本の中小メーカーや職人たちしか持ち得ない緻密(ちみつ)な加工技術がなければ、今でも量産化はできなかったでしょう」と振り返る。この低価格で小型、かつ省電力で良質な同社製の「FPSC」は、最初は主にアウトドアメーカー用のポータブル冷蔵庫という“B to C”製品に使われる。だが、その後、当該アウトドアメーカーが買収などに遭うと、今度は理化学分野や医療分野など、次第に“B to B”製品へと用途がシフトしていったという。

フリーピストン・スターリング方式冷凍機とは?

「FPSC」(フリーピストン・スターリング方式冷凍機)のデモ機(出典はツインバード工業)

冷媒には人体に無害で 地球温暖化の原因とならないヘリウムガスを使用。その断熱膨張(気体が膨張する時に、温度が下がる現象)を利用して急速冷却するのが「FPSC」(フリーピストン・スターリング方式冷凍機)だ。従来のコンプレッサー式冷却では困難だった、マイナス100度以下の冷却を可能にしただけでなく、軽量・コンパクトで持ち運びができるうえ、消費電力も抑えられるというメリットがある。アウトドア用クーラーボックスのほか、医療、半導体製造など、さまざまな分野での利用が期待されている



冷蔵庫が足りない!

 時は2012年。国際宇宙ステーションは「MELFI」と呼ばれる大型の冷凍・冷蔵庫を完備していた。「MELFI」はステーション内に全部で3台あり、そのうち2台は日本実験棟「きぼう」に設置。1台につき4つの保存室を搭載し、そのなかには宇宙飛行士たちが実験で使うサンプルや、実験が行われた後、地球に戻すためのデータ採集用の検体などが保存されていた。

 だが、国際宇宙ステーションは世界15カ国で運営されているため、いくら「きぼう」内に設置されている「MELFI」といっても、それは世界各国の宇宙飛行士全員が使用するもの。よって、それらはすでに飽和状態にあり、日本は独自で使える冷凍冷蔵庫を新設することが急務だった。

 一方、JAXAはツインバードの高度な冷凍冷蔵技術の価値に早くから気づいていた。なぜなら、これまで各種試験装置の冷却用途でツインバードの「FPSC」を購入していたからだ。そこで、国際宇宙ステーションに設置するための新たな冷凍冷蔵庫の開発をツインバードに依頼する。しかし、ツインバードは何度か依頼を断ったという。

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