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NHK技研公開に見る8Kの“今”麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(1/2 ページ)

» 2015年06月17日 10時30分 公開
[天野透ITmedia]
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 毎年恒例のNHK技研公開が今年も5月の末に開催され、最先端の映像・放送技術が一挙に公開された。特に8K関連の技術は、最新版の「フル8K」プロジェクターやレーザーバックライトテレビ、家庭に入るサイズの8Kディスプレイといったモニター技術、さらには大容量のホログラムメモリーや8K放送を可能にする高圧縮転送規格に至るまで花盛りの様相を呈していた。画質と放送のご意見番であるデジタルメディア評論家・麻倉怜士氏は、今年の技研公開をどう見ただろうか。

技研公開を取材する麻倉怜士氏。資料の表紙は8Kの未来を目指す画像

いよいよ8K放送が開始される

――放送に関するあらゆる分野での技術展示がてんこ盛りの内容でしたが、今年の技研公開は、ズバリどういったところに力点が置かれていましたか?

麻倉氏:今年で69回目を迎えた技研公開ですが、内容は8K一色でしたね。来年にBS放送を使った8K伝送実験が始まりますが、そういった環境の中で実用化を強く意識した8K展示が多かったです。

 数年前までは8Kの紹介がメインで、2Kや4Kとの違いを押し出していました。対してここ数年は、衛星放送、地上の伝送、番組制作環境、8Kアーカイブ、さらには家庭での再生といった感じで、より実用化を睨んだものが多くなってきています。機材も徐々にそろってきて、システムとしてもでき上がりつつあるのですが、今年はそれがいっぺんに来ました。正に来年の伝送実験に即応した内容で、そこが従来の技研公開とずいぶん違うところです。

 今年一番の目玉は、現在空いているチャンネル17の衛星放送を使った伝送実験の映像展示でしょう。この映像は、お台場に置いたカメラからHEVCで80Mbpsまで圧縮したものです。この信号を変調方式を通し、衛星を経由してBS17の1チャンネルで流しています。ベースバンドはもともと140Gbpsなので、非常に圧縮率を高めています。

――140Gbpsから80Mbpsとは、凄まじい圧縮率ですね。これならば限られた電波資源でも高解像度放送が出来そうです。ですが8Kと聞いて一番気になるのはやはり画質です。こちらはどのような印象をお持ちになりましたか?

麻倉氏:シャープの85インチモニターで見たら、ノイズの少ない映像でした。でもよくよく見たらボケているところがありましたね。ポイントは信号を送る側でのコントロール。ビットレートも80Mbpsと低めに設定されており、将来的には100Mbpsまでいくみたいですが、今は安全域を広く取った形となっています。ですので、エンコーダーやデコーダーの性能をフルに出しきっているわけではありません。こういった事情もあり、8K映像にしてはややのっぺりしているという印象は否めませんでした。8Kというならばもう少し精細感があってもいいという感じです。

 しかしここで重要なのは、BS1ch分を使うという、従来の4Kのチャンネルでの伝送そのものが成功していたというところです。エンコーダー/デコーダーの改良はこれから進むので、解像度的にはもう少し上がる余地がありそうです。おそらく来年の実験放送では、今日のようなややぼけた感じではなく、精細感の高い「8Kらしい」絵が見られるのではないでしょうか。そこはこれからに期待しましょう。

8K衛星放送実験のシステムイメージ

シアターデモで8Kの実力をいかんなく発揮

――8Kらしいといえば、プレス向けのあいさつで公開されたシアターのオーケストラ映像が凄かったですね。かなりの大画面にも関わらず、とても緻密で息をのむほどクリアな画が印象的でした

麻倉氏:われわれプレス向けのあいさつは技研内の大きなシアターホールで行われたのですが、そこでは8K映像のデモンストレーションがありました。コンテンツはN響のチャイコフスキー交響曲第6番「悲壮」第3楽章で、ブロムシュテットの指揮というものです。3つのカメラで撮っている大変素晴らしい映像で、基本的にはオーケストラの全景が見えるフロントの固定映像、あとの2カメで奏者のアップが撮られていました。

 かなり大きなスクリーンが用意されたのですが、シアターサイズの大画面で8Kを見ると、「ボケた対象物」がありません。そしてオーケストラの重なりや奥行き、奏者の細かい映像の質感がよく出るんです。例えば奏者が着る燕尾服は、通常襟に拝絹(はいけん)という光沢感のある絹の生地が使われるのですが、そういった色合いの質感や、男性奏者が履くエナメルシューズの光り方、それから弦楽器の飴色のニスの光り方といた部分の煌きがとても美しく、非常に細かいところまで精細、クリアに見えます。

――コンサートホールでは遠目でもキラキラとした輝きを感じますが、今までの映像ではそういった部分が鈍かったですよね。今回はそういうところがきちんと出ていたので、生々しさを感じました

麻倉氏:もう1つ素晴らしいものは、奏者をアップにした時の表情です。例えば強い全奏になった時には、より前進力がある表情となり、やさしいフレーズを弾いている時とは全く違います。これまでは画面の大きさもそれほど大きくないということで、2Kや4Kではこの微妙な表情の違いが分かりませんでした。ですが8Kだと「いくぞ!」という意識の変化みたいなところが凄くわかるんです。

 

 それから目線の動きなども面白かったです。奏者がずっと楽譜を見ている中で、時々上げて指揮者を見る。そんな目線のリアリティ、解像感や動きの精細感、そういったものが演奏にすごく良く反映されています。ブロムシュテットが全員をきちっと統率し、オーケストラ全員がブロムシュテットの意向の下に、音楽をよりイキイキと創っています。「音楽が生まれ出ずる場のヴィジュアルにおけるドキュメント」------そんな映像芸術を味わうことが出来ました。

――単なる高精細規格ではなく、技術が表現に結びつくという点が、今までとは違うということですね。そういう意味では「より人間が要求する感性的な部分に技術が追いついてきた」「文化的なステップを一段登った」と感じます。ところで今回の大きなテーマの1つであるSHV(スーパーハイビジョン)といえば、8K解像度のことが取り上げられることが多いですが、実際はその他の部分でもかなりのスペックが要求されていますよね。この辺はどうでしたか?

麻倉氏:音楽コンテンツですので音響の良し悪しも重要ですが、これもなかなかに良いですね。今回のデモはSHV規格が要求する22.2chサラウンドではないと思うのですが、響きとしてはハイレゾ的な音でした。良い画のコンテンツに良い音が付いてくると、相乗効果としてコンテンツの質がグッとが上がります。

――確かに、音が良くなるとコンテンツがより面白くなります。ライブコンテンツなどでは、音の善し悪しで興奮の度合いやワクワク感が全く変わってきますよね。オーディオファイラーは、機材をアップグレードすると手持ちの音源を全て聴き直したくなると言いますが、映像でも全く同じことがいえそうです

麻倉氏:これまでSHVの展示では自然モノが多かったのですが、去年はバレエをやっていました。その際もシンフォニーオーケストラのスタティックな静止画に近い、落ち着いた撮り方をしています。こういった映像であっても、映像は8Kの解像度をキッチリと持っています。さらに今回、映像は「フルスペックSHV」ということで8Kの解像度だけでなく、SHV規格が求めるBT.2020の「フルスペックの色域」もデモンストレーションされました。これだけリッチになると、それまでとは圧倒的に違う描写力と臨場感、感動力があるな、と今回のシアターデモで分かりました。そういった最高級の映像の展示できたことは意義深いのではないのでしょうか。8Kの持っているポテンシャルが、これだけ大きい画面にしても非常にリアルなカタチで伝わってくるということが、今回の展示の大きなポイントですね。

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