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» 2004年11月08日 12時28分 UPDATE

どう守る? クリエイターの著作権

クリエイターにとって著作権とは何かを考えるシンポジウムが開かれ、牧野二郎弁護士は、著作者の権利を弱める方向で著作権法を改正すべきと主張。写真家などクリエイター陣は、著作権法が彼らを十分に守っていない実態を訴えた。

[岡田有花,ITmedia]

 CGクリエイターや写真家、落語家、弁護士などが集まり、著作権について考えるシンポジウム「著作権ってどうよ」が11月7日、NPO法人のイーパーツ主催で開かれ、デジタル著作権に詳しい牧野二郎弁護士が「著作者の権利を弱め、著作物をもっと自由に流通させるべきだ」と主張した。クリエイター陣は、著作権法は出版社など企業ばかりを守り、企業に素材を提供するクリエイターを守りきれていないと話した。

yu_chosaku.jpg 左からイーパーツ事務局長の会田和弘さん、牧野二郎弁護士、落語家の三遊亭圓窓さん、漫画評論家の米沢嘉博さん、CGプロデューサーの渡部健司さん、写真家のかわはらひでおさん

 シンポジウムには、都内に住む画家やライター、高校教師など100人近くが参加。パネリストの話に熱心に聞き入り、時には客席から意見を述べた。

 「著作権法は大きく変えたほうがいい」――牧野弁護士は、現行の著作権法は、コンテンツを簡単にコピーできるデジタル時代に対応しきれていないと話す。

 牧野弁護士によると、著作権法がデジタル時代に対応する方法は二つある。(1)コピー制限を厳しくするなど、著作権者の権利を拡大する方向と、(2)著作権者の権利を弱め、コンテンツ利用を従来よりも自由にする方向だ。

 日本の著作権法はこれまで、(1)の方向、とりわけ、レコード会社や出版社などと「著作隣接権者」の権利を強める方向に進んできた。「著作隣接権者はお金があるので、そちら側につく弁護士はたくさんいる」(牧野弁護士)ことも、彼らの権利が肥大化してきた理由の一つだという。

 しかし牧野弁護士は、著作権者の権利を弱める(2)の考え方を支持する。どんな著作物も、先人が積み上げてきた文化をベースにしており、著作権者だけの創作物とは言えないからというのがその理由だ。

 「科学の世界では当たり前の、“自分の創作物は、先人の偉業の上に初めて成り立っている”という考え方が、著作権の世界では受け入れられていない」(牧野弁護士)。ニュートンの「私が遠くを見通せたのは、巨人の肩の上に乗ったからだ」という発言を引用し、著作権の世界にもこの考え方はあてはまるはずだと話す(ちなみにオアシスの4thアルバム「Standing on the shoulder of giants」はこの言葉から来ている。巨人とはビートルズのことだ)。

 理想的な著作権管理の方法として、著作権のコントロール範囲を限定し、著作物を共有財産にしようという「クリエイティブコモンズ」の活動を挙げた。

権利を主張できないクリエイター

 クリエイター側は、自らの権利が正当に守られていない現状を訴えた。

 「出版社と契約書を交わしたことが一度もない」と、若手イラストレーターのきたがわめぐみさんは話す。出版社に提出するイラストの報酬は、額も知らされないままいつのまにか支払われていたり、一方的な口約束で決まってしまい、交渉の余地もないことが少なくないという。

 若手イラストレーターにとっては仕事がもらえるだけで御の字。権利を主張しようと契約書などを持ち出すと、編集者に嫌がられ、仕事がもらえなくなりそうで怖いという。これは決して杞憂ではない。

 漫画評論家の米沢嘉博さんによると、以前、漫画家の権利を主張しようと組合を作った女性漫画家3人が、出版社に“干された”ことがあったという。よほどの売れっ子でない限り、クリエイターの立場は出版社より弱く、権利を主張することは大きなリスクを伴うようだ。

 ただ、出版社も変わりつつある。写真家のかわはらひでおさんによると、17年ほど前は「プロモーションのため」という名目で撮った写真がCDジャケットなど当初の撮影目的以外に無断で使われることも多かったが、最近はそういったことはほとんどなくなったという。かわはらさんは、クリエイターはもっと権利を主張すべきだと話した。

 クリエイターが自らの権利を守る手段として牧野弁護士は、クリエイティブコモンズの「ライセンスプロジェクト」活用を提案する。ライセンスプロジェクトは、著作物の利用をどこまで許可・制限するかをクリエイター自身が選ぼうという試みだ。

作品が“自分のもの”になり得ないCGクリエイター

 CGクリエイターは、一人で作品を作る他のクリエイターと事情が異なる。「CGクリエイターが作るのは映像作品ののごく一部なため、著作権を主張するのが困難」――CGプロデューサーの渡部健司氏は、その微妙な立場を訴える。

 例えば、映像プロダクションから委託を受けて特撮CGを作っても、著作権者はその映像プロ。製作者は、CG部分を自由に再利用する権利を持たない。

 解決策として渡部さんは、CGクリエイター自身が企画からマネージメントまで行おうというプロジェクト「Digital Camp」を設立。権利をクリエーターの手元に残そうと奔走している。

どこからが「パクり」か

 著作権法は「思想や感情を“創作的”に表現したもの」を守る法律。しかし、創作物の多くは、従来の作品の模倣をベースに生まれる。模倣はどこまで許されるのか、クリエイターが意見を交わした。

 漫画は、クリエイター相互の模倣が頻繁にある分野だ。エポックメイキングなヒット作が出れば、次々と模倣作品が現れ、1つのジャンルが形成される。例えば、あんみつ姫がヒットした当時、“姫もの”が流行し、「『さくらんぼ姫』など、日本中に50以上の姫がいた」(米沢さん)。

 かといってあんみつ姫の作者が他の“姫もの”の作者を権利侵害で訴えることはない。真似されるのは、クリエイターとして価値が認められ、尊敬されている証でもあるため、模倣は歓迎されるというのだ。

 ただ、模倣にもタブーがある。真似したものを売って、オリジナルの作者よりも利益を出すことや、真似したことを明示せず、自分のもののように振る舞う場合は嫌われるという。

 例えば、矢沢永吉さんのそっくりさんが、そっくりさんであることを明示せずにCMに出演して矢沢さんに訴えられたことがあった。矢沢さんは当初、真似されたことを喜んでいたが、CMに、そっくりさんであるということが明示されていなかったことに気づいて不快感を持ったという。

 「完全なパクリ=ただ乗り」はともかく、クリエイターの多くは模倣されることに寛容だ。落語家の三遊亭圓窓さんは、「落語は師匠の真似をして覚える」と、模倣の大切さを訴える。しかし、師匠の通りに演じていたのでは「影法師」に過ぎない。落語家独特の“味”を出すことができて初めて、オリジナルの落語と言えるとした。

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