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» 2005年08月19日 13時30分 UPDATE

特集:変な会社で働く変な人(3):2ch発「Mona OS」作者がはてなに来た理由 (1/2)

ぬるま湯が怖かった。「このままでは腐ってしまう」――プログラマーとして成長できない職場に焦り、2chでOS作りを宣言。安定を捨ててベンチャーに飛び込んだ。

[岡田有花,ITmedia]

 「はてな」という名の小さな会社がある。ネット企業なのに紙と箱で進行管理し、社内会議はポッドキャスティング配信。オフィスがあるのに図書館で仕事したりする変な会社だ。そこで働く“変な”社員を読み解く3回連載。最終回は、2ch発のOS「Mona OS」を開発し、今年4月にはてなに移った「ひげぽん」こと蓑輪太郎さん。

 「平凡な人生が好きなんです」――平坦な道を選んで歩いてきたと、蓑輪太郎さんは話す。28年の人生で、波乱を選んだのは2回だけ。OSを作ろうと決めて「2ちゃんねる」にスレッドを立てた時と、安定した職を捨て、「はてな」というベンチャー企業に移った時だ。

 スレッド「OSをつくろうpart2」を立てたのは、24歳のころ。プログラマーとして一向に成長できない焦りが、彼を駆り立てた。

OSをつくろうpart2

1 名前: ひげぽん 投稿日: 02/06/18 23:48

独自にOSを作っているまたは、作ろうとしている人たちのためのスレッドになればと思います。

 「2chで宣言すれば、逃げられなくなると思った」――「ひげぽん」こと蓑輪さんが立てたこのスレッドは、彼なりの“背水の陣”だった。OSの作り方などまるで分からなかったが、2chで宣言することで自分を追い込み、勉強を重ねた。彼は猛スピードで成長し、手作りOS「Mona OS」を形作っていく。

 「人と違うことをしなさい」――父の教えが彼を動かした。

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 プログラマーとしては遅咲きだった。大学4年のころ、研究室のPCでJavaを試したのがきっかけだ。自分の手で無から有を作り出し、思い通りに動かす楽しさに酔った。「あのころ分からなかったことが、やっと分かった」

 あのころ――中学生のころ。“作戦”でプログラミングにチャレンジし、挫折したことがあった。

 友人が持っていた「信長の野望」や「三国志」がやりたくて、父にPCをねだった。父は「人と同じことをするな」「人が作った物で遊んで何が楽しい?」と話す人。「ゲームがしたいからPCが欲しい」なんて口が裂けても言えなかった。PCでできる「人と違うこと」「自分で何かを作ること」といえば――見付けた答えは「プログラミング」だった。

 “プログラミングしたいからPC買って買って作戦”は成功し、蓑輪さんはエプソン製のPC-98互換機を手に入れる。念願だったゲームを楽しみながら、仕方なくBASICやC言語をかじった。文字を表示したり、赤い円を描いたり――BASICの教則本に書かれている基本は簡単にできたが、何が楽しいのかさっぱり分からなかった。C言語は全く理解できなかった。PCは無事、ゲーム専用機と化した。

 中学はサッカー部。高校は天文部。ゲーム以外でPCと触れることはなかった。ネットを知ったのは、慶応義塾大学理工学部に入学したころ。学校でWebブラウズやメールの使い方を教えてもらったが、添付ファイルも満足に扱えなかった。

 大学4年で入った研究室で、退屈しのぎにプログラミングを試し、ハマった。オセロゲームを作るだけでも楽しくて仕方なかった。仲間や教授には「研究用のアプリケーションを作っている」と言い訳し、日々プログラミングに没頭した。中学生のころ分からなかったことは、大人になった今、すべて理解できた。

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 プログラマーになるつもりはなかった。物理の研究者の父親にあこがれ、研究者を目指した。大学院に進学するつもりだった。しかしある朝「僕がやりたいことは、本当に物理なんだろうか」という思いが、頭から離れなくなる。「一番好きなのは、プログラミングだ」――進学をやめ、プログラミングの仕事をしようと決意した。

 といっても「ITが何の略か分からないくらい」業界オンチだった。SEとプログラマーの違いも分からないまま、ソフト作りに関われそうな会社を選んだ。グループ企業向けのシステムを構築する、ある大企業の子会社だった。

 SEとして技術部に配属され、自由に仕事をやらせてくれる先輩のもとで、知識や技術をどんどん吸収していった。2年目には、あらかた吸い尽くした。

 技術志向ではなく、プログラマーも数年で管理職になっていく会社。業界雑誌で最新技術のネタを仕入れても、話が通じる人はほとんどいなかった。「このままでは腐ってしまう」と焦った。何か新しい物を、自分の手で作りたかった。

 「人と違うことをしなさい」――何を作ろうか考えたとき、父の口癖が頭をよぎった。「個人制作のアプリケーションはよく見るが、個人が作ったOSはあまり聞いたことがない。複雑で奥が深いOSなら、常に新しいことを学んでいられそう」――OSを作ろうと決めた。

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