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「英語が苦手なのでエンジニアになったが……」──NECの矢野次期社長

» 2006年03月15日 21時12分 公開
[ITmedia]

 「英語が苦手なのでエンジニアになったが、会社に入ったらエンジニアには英語が必要だと分かった」──3度の米国経験も買われてNECの次期社長に内定した矢野薫副社長はこう話す。

photo NEC次期社長に就任する矢野副社長

 矢野副社長は62歳。東京大学工学部電子工学科を1966年に卒業してNECに入社後、米国に出張した際、「ニューヨーク・マンハッタンの摩天楼を見て『なんて国と戦争をしてしまったんだ』」。英語が必要と思い、1カ月分の給料をはたいてテープ教材を購入したが、深夜に及ぶ仕事の疲れから「子守歌にしかならず、2巻でギブアップした」

 その後、社内の海外留学制度の候補に選ばれたが、「TOEFLなどの試験勉強が大変だった。会社に選ばれて試験に通らないのでは顔向けできない」と「何とか引っかかり、今ほど有名ではない」スタンフォード大学の電気工学科修士課程に進んだ。

 シリコンバレーで感じたのは「アメリカ人はなんて競争が好きなんだ」。和を重んじる日本に本拠を置くNECがグローバル企業になるために、「こういう人たちと戦うにはどうすればいいかを考えてきた」という。米国法人の社長時代には、工場の売却や本社ビルの証券化などをNECグループ内で最初に取り組み、「小規模ながらNECの構造改革の1つのモデルを作ったと自負している」と話す。

 ただ「日本には日本の良さがある。変えるべきものと変えるべきでないものを見極める力を付けようとしてきた」。学生時代は文学青年で、京都や奈良の寺参りが好きだったという。「日本の伝統文化は世界に冠たるもので、その美意識に裏付けられた製造業も日本の強みだ」と力説した。

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