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» 2007年06月06日 17時41分 UPDATE

あれから30年――「ウォズ」が考察するApple IIのインパクトとDIY

Apple IIが誕生した30年前、生みの親のスティーブ・ウォズニアック氏はApple IIを「どんな問題の解決にも利用できるツール」にしたいと考えていたという。

[Daniel Drew Turner,eWEEK]
eWEEK

 スティーブ・ウォズニアック氏は、「もう1人のスティーブ」と見られることがあるが、Appleのトップでもなければ、メディアとの付き合いの達人でもない。

 ウォズニアック氏(以下、ウォズ)は、ほとんど表舞台に姿を見せず、地元の学校や慈善団体の活動に参加している。また、Jazz Technologiesの上級副社長兼CTO(最高技術責任者)兼CVO(最高ビジョン責任者)を務めている。

 しかし、ウォズは、最少限のチップと回路をエレガントに組み合わせ、「Apple I」と「Apple II」を作り上げたエンジニアだ。この2つのマシンは、シンプルな設計が強力な成果を生み出すことを今日的な形で証明した。そしてコンピューティングが重厚長大なものからパーソナルなものへと進化する先駆けとなった。

 コンピューティングが現在のようなものになると予想したかという質問に対し、ウォズはこう答えた。「ほとんど予想しなかった。インターネットにしてもそうだ。われわれは、コンピュータ間でデータがやり取りされるようになるとは思っていたが、たぶん掲示板への投稿のような方式になるだろうと見ていた。音楽やビデオ、デジタルカメラに関しても、予想したかと聞かれれば、全部ノーだ。どんなことができるかという可能性については分からない点が多かったため、われわれは人々に、可能性を実現するツールとして、ユニバーサルなプラットフォームを提供しようと考えた」

 ウォズはApple IIを、「人々がプログラミング機能により、どんな問題の解決にも利用できるツール」だと考えていたという。

 「だが当初は、人々の家にコンピュータはなかった。われわれはコンピュータという言葉を家庭に広めなければならなかった」(同氏)

 そこでAppleは、コンピュータが家でいかに便利に使えるかが分かるように、Apple IIに幾つかのソフトを搭載した。ただ、これはあくまで、コンピュータを使ってもらうきっかけ作りのつもりだったとウォズは話した。

 「われわれは、人々が必要なプログラムを書くようになるだろうと思っていた」(同氏)

 「Homebrew Computer Club(1970年代後半に活動したシリコンバレーのコンピュータ愛好者クラブ)で、われわれは、人々が将来はプログラミングをするようになるだろうと想像していた」とウォズは語った。ウォズは、Apple IIがプログラミングに使われると予想していたという。

 「解決したい問題は人によってさまざまだが、例えば、小切手帳を管理したいといった場合、そのためのプログラムを書くことができる」(同氏)

 Appleは、商用アプリケーションも登場してくるだろうと考えていた、とウォズは付け加えた。さらにウォズは、Apple自身もコンピュータの機能の一部をアピールするため、ソフトを開発して搭載したと説明した。

 「それでも、Apple IIの最初の目標は、人々が問題を解決できるようにすることだった。ところがその後、人々が優れたアプリケーションをたくさん書いたため、多くのユーザーはプログラミングをすることなど考えもせず、プログラムを購入するようになった」(同氏)

 「われわれが予想していた状況と100%違うわけではない。われわれは人々が、自分の使うアプリケーションすべてではなく、一部を作ろうとすると見ていたからだ。だが問題は、商用アプリケーションは非常に複雑で、ユーザーを混乱させる場合があることだ。ユーザーが自分で作っていたら、そうはならなかっただろう」とウォズは語った。

 「人々はコンピュータの主人になる代わりに、ユーザーになった」(同氏)

 ウォズは商用ソフトの問題の1つとして、機能が盛りだくさん過ぎることを挙げた。「機能が豊富なのは良し悪し」だが、ユーザーの発言権は限られているとウォズは指摘した。「自分が作ったプログラムを使えば、自分が自分の主人だ。だが、ほかの人が作ったものを使えば、彼らのやり方に従わなければならない部分が多くなる」

 「われわれは、Apple IIが教育用のデバイスとして使われるようにしたかった」とウォズは語った。「チップをどのように組み合わせてコンピュータを作るか、ソフトがどのように作られてどのように動くかを教えるコースで、いい教材になっただろう。わたしも授業や本からではなく、ほかの人がどうやっているかを見ることで、コンピュータを学んだものだ」

 さらに、ウォズはこう付け加えた。「Apple IIは、多くの人が技術を好きになるのに一役買ったと思う」

 しかし、ウォズは、プログラミングをしない、あるいはできない人を非難はしなかった。例えば、プログラミングを学ぶために音楽にかける時間を削るよりも、商用の音楽アプリケーションを使って音楽を作りたいといった考え方は理解している、とウォズは話した。

 Apple IIの誕生がもたらした最も建設的な動きとしてどのようなものがあるかという質問に、ウォズはこう答えた。「在学中に会社を起こした若者たちと会ったことを思い出す。彼らの会社はオシロスコープやモデムなどを作っていた。Apple IIの発売から間もない時期に、こうした企業が続々と登場した。起業した人々は、わたしのように技術に熱中していて、Apple IIを使うことで、格安のコストで新しい試みを行っていた」

 今もそのようなことが起こっているのだろうか。

 「DIY(Do It Yourself)は復活していると思う」とウォズは語り、DIY専門の季刊誌「MAKE」を中心としたサブカルチャーの盛り上がりを指摘した。

 「こうしたDIY活動は実用性に乏しいが、いつか画期的な新技術に出会うことになるのは、これらに取り組んでいる人たちだろう」(同氏)

関連キーワード

Apple | Apple II | ジョブズ | ウォズニアック


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