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著作権保護期間は「金の問題」? 中山信弘氏や松本零士氏が議論(3/3 ページ)

» 2008年10月31日 17時26分 公開
[岡田有花,ITmedia]
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 「あらゆる法律の根底にはフェアという概念があり、形の上では権利侵害だが、侵害とするのはおかしいというケースがある。そういう場合、裁判官が無理な法解釈などで努力して合法にしてきた。その部分をフェアユース規定で救おうというものだ」

 フェアユースは今だからこそ必要だと中山さんは説く。「ベンチャー企業の人と話して実感しているのだが、ネット関連の新しいビジネスは必ずといっていいほど著作権問題にぶつかる。検索エンジンが最たる例で、Googleなどは米国にサーバを置いている」

 「だが、著作権者がGoogleにコンテンツをのっけてもらって何が困るのか。権利者のマーケットは侵していない。日本にサーバが置けないから米国にサーバを置いているが、どちらにしろ権利者にとっては同じ。そして、日本は産業を失う」

 中山さんによると、検索エンジンのキャッシュの合法化については今国会で「特別なルール」ができそうだという。ただ、著作権問題に直面しているのは検索エンジンだけではない。

 「現在、いろんなサービスが違法となっている。権利者のマーケットを侵さないようなものも形式的に侵害とされ、違法とされる。このままでは日本のコンテンツビジネスのダメージになるのでは。コンテンツが流通しないと、権利者に還元すべき原資がなくなり、還元できなくなる」と中山さんは心配し「今導入すべきだろう」と力を込める。

フェアユースの課題は

 甲野さんは「フェアユース規定の導入は難しいだろう」と話す。「権利を侵害するかしないかは刑事罰がかかるかかからないかの問題でもあり、厳密に条文を書こうとすると大変な手間。『公正な』という概念で刑事罰の問題を解決できるのか。実現のためにはいろいろな壁がある」

画像 生貝さん

 フェアユースはネットビジネスのために必要、という考え方にも疑問を呈した。「公的な利用が想定されるが、ビジネスのために活用するなら手放しで『権利なし』としていいのか疑問。許諾権はなくしても、せめて報酬請求権がないといけないのかなと思う。要件についてはよく議論が必要で、時間がかかるだろう」

 フェアユースを有効に機能させるには、判例を積み上げていく必要があり、米国のように訴訟が多い国でないと機能しないという意見もある。

 生貝さんはこの問題を解決するために、裁判外紛争解決手続(ADR)機関を作ることを提案。「ADRなら裁判よりも抵抗がないのでは。フェアユースは導入したほうがいいというコンセンサスができつつある。フェア概念を誰がどう判断し、議論の蓄積を作るかを考える段階だろう」

著作権法は「著作者を守る?」「ビジネスを守る?」

 「他人の著作物でビジネスをするなら、手間を省きたいから権利がないほうがいいに決まってる」――甲野さんは、ビジネスのために著作物の利用を円滑化すべき、という考え方にも批判的だ。

 「新しいビジネスを守って発展させることは重要だが、その要請が大きくなりすぎているのではないか。ネットでビジネスする人たちは『著作権が悪いから俺たちはビジネスできない』という前に、もう少し努力された上で制度に要望してほしい」

 中山さんは反論する。「40年ぐらい前、著作権法に関係する人は、作家や作詞作曲者、放送局、出版社などごく一部だった当時はその通りだった。だが今は一億総クリエイター時代だ。著作権法は今、かなりの部分がビジネスロー化しているが、法律の作りはそうなっていない。そこに一番大きな問題がある」

 「ネットビジネスに一番大事なのはスピードだ。従来は、新しいビジネスをしたい場合はまず、法律に例外規定を作ってもらっていた。だが今のネットビジネスは、リスクを取っていいからスピードを取りたいというものだ」

 「インターネットに国境はなく、日本でできないが米国でできるというビジネスはたくさんある。そういったビジネスが日本から米国に流出してしまう。クリエイターは保護されなくてはならないが、むしろ著作物の利用流通を促進し、利益を還元すべきシステムを作ることで、クリエイターに回す資金の原資を作るべきだ」

法律だけでは解決しない「文化」の問題

 中山さんは「著作権法だけで解決できない問題が山積している」とも指摘する。

 「『横山大観の著作権が切れると横山大観記念館の運営が困るから延ばして』と言われたことがある。『今延ばしても20年後にまた困るでしょ』と言ったら『その時はまた延長をお願いする』と言われた。横山大観記念館は文化政策の問題なのに、著作権法に期待しているのはおかしい」

 さらに「著作権保護期間を延長しても、99.9%のクリエイターがうれしくないだろう。クリエイターが今置かれている立場を改善することが重要」とも話す。

 では、クリエイターに対する公的支援は必要なのだろうか。クリエイターは支援を受けたくて創造するわけではなく、公的機関がクリエイターの才能を見いだすことができるとも限らないが――

 福井さんは「文化は市場だけには任せられず、支援は必要だ」と述べる。「市場はゴッホや宮沢賢治を生前に見いだすことができなかった。必要な限度で公的支援するのは、マーケットを拡大し、すそ野を広げることにもつながる。例えば、創作のための資料獲得を支援したり、実務能力を身につけるための研修を行ったり、劇場など発表の場の“ハコ代”を安くするなど、インフラ整備も重要だろう」

 文化庁の予算は年間1000億円程度という。「東大の予算の約半分。たったそれだけで高松塚古墳、お寺、著作権行政まですべてまかなっている。審議会で私は予算についていつも『ゼロが1つ足りないのでは』と話すのだが」と中山さんは話す。

 文化に予算を投じれば、経済発展にもつながると中山さんは言う。「フランスは文化振興で産業を振興し、田舎の町も発展させた。フランスで文化振興にお金を使わないとシャンソンが滅んで全部ロックになるかもしれない。日本だって守らないと、文楽や歌舞伎はなくなるだろう。それでいいのか」

画像 津田さん

 地方の文化振興を取材してきた津田さんによると、文化振興に億単位の予算が付いても、土地や建物など“ハコモノ”に使われる割合が高くなりがちだという。「この国ではどうしてもゼネコン中心になりがち。クリエイターにまで届く政策は不可能に近いのでは」

 現役クリエイターである松本さんは、公的支援の必要性をどう思っているだろうか。「能力がある人が無惨な立場にあることもあり、漫画協会などに会費を払えずクビになる人もいる。そういう人たちを支援できればいい」

 「絶壁だからこそ頑張るし、甘えてはいけないのは事実だが、にっちもさっちも行かない時に支援を打ち出せる国なら、もっと多くの創作者が助かる。最低限の創作に立ち向かえる支援体制があればどんなにいいか。そういう人が将来、大傑作をものにする可能性がある」

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