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無課金でも機能制限なし──「大辞泉」アプリ無料化、“ソシャゲ風”課金モデルへの挑戦

» 2013年08月05日 11時00分 公開
[山崎春奈,ITmedia]

 「国語辞典アプリがソーシャルゲーム風課金モデルに」――iOSアプリ「大辞泉」がネットで話題になったのは5月中旬のことだ。従来2000円で販売していた、収録語数26万語を超えるフルサイズの国語辞典アプリの無料配信が始まったことはもちろん、その課金方法にも注目が集まった。「有料アプリが全然売れない」なか、まったく新しいビジネスモデルに踏み出したその意図は。アプリ開発を手がけるエイチエムディティの木下誠社長に裏側を聞いた。

photo アプリ「大辞泉」の検索画面。画像も豊富に収録されており、百科事典的要素も強い

有料アプリはもう売れない

 アプリ「大辞泉」は前バージョンである「デジタル大辞泉」をフルリニューアルし、名称を変更し投入したもの。日本のApp Storeが公開された初期から提供しており、アプリとしては高めな2000円という値段設定ながら、美しいデザインが評判を呼び、目立つ存在だった(以前からのユーザーのため、旧版も新アプリと並んで配信は続いている)。木下さんは当初から開発に関わっている。

photo エイチエムディティ 木下誠社長

 リリースから5周年を迎える今年、フルリニューアルに至った最大の理由は「有料アプリが売れなくなった」ことという。現在、App Storeのランキングは無料、有料、そして両方を合わせたものがあるが、総合ランキングに有料アプリがあることはほとんどない。「無料で提供し、アドオンで課金するケースがほとんど。このままこの値段で有料配信を続けていても目につかない。ビジネスモデル自体を根本的に変えなければと思った」(木下さん)

無課金状態を“ペナルティ”にしないために

 当初は、機能ごとに課金したり、無料版では最初の数行だけ見られるなど制限を付ける方向で考えていたが、選択肢が煩雑になる点と何よりユーザーの心情を懸念した。「自分で試してみてやっぱりダメだなと。気持ちよく使ってもらうために日々アプリをブラッシュアップしているのに、機能制限でイラッとさせてしまったら本末転倒。無課金状態を“ペナルティ”にはしたくない」。アプリを無料で提供したい、でも操作に制限は付けたくない――考えあぐねた末、たどり着いたのが「ソーシャルゲーム(ソシャゲ)風」の課金システムだった。

photo 検索バーの下にあるゲージが利用回数

 「大辞泉」を起動すると、検索バーの下に利用回数の上限が表示される。単語を検索すると1、画像表示で3──など、アクションごとに決められた数値が減少していく。数値が足りなくなると使えなくなるが、15分ごとに1ずつゲージは回復していく。無課金状態でも機能にはまったく制限を付けず、解説も全文、画像や動画もすべて閲覧できる。2000円のアドオンを購入すると利用回数の制限を解除できるほか、1度だけフル回復するには85円、手書き入力機能を利用するには250円など少額課金も用意する。

 「ソシャゲ風」とは言うが、ガチャや友人との競争機能、クリアすべきミッションもなく、あくまでパラメータ部分のみ。それでもあえてその言葉を使った理由は「面白がってもらうため」という。「まずは使ってもらいたい、接点を増やしたいと思った。1度使ってもらえば気に入ってもらえる自信はあるが、有料アプリだとこのハードルがどうしても高い」(木下さん)

 自身が書いた「大辞泉がソーシャルゲームになった理由」というブログが話題を集めた時、印象的だったコメントが「この実験がうまくいくか見守っていきたい」だったという。「どきりとしました。今アプリ開発者の多くは同じようなことで悩んでいるはず、可能なら同じようにやりたい人もいるだろうと。僕らの挑戦を見て真似してもらえる程度には軌道に乗せたい」(木下さん)

photo 紙の辞書も時代に合わせて様変わり。書籍版「大辞泉」の最新版(左)は横書きを採用し、付属のDVD-ROMのデータは2015年まで毎年1回、計3回無償で更新される

「辞書なんて久しく使ってない」という人にこそ

 5月17日の公開から約2カ月でダウンロード数は10万を突破。「デジタル大辞泉」の歩みと比較しても「驚異的なスピード」と言う。とはいえ、課金率は1%に届かない程度と「目標には達してない」。無料化の目的自体がまずユーザーの母数を増やすことであり、第1段階は成功と話す。

 現在は、アプリの起動頻度を高める施策を検討中。検索数ランキングのほか、他のユーザーに検索された言葉をリアルタイムにタイムライン状に表示したり、プッシュ通知を使って時節にあった単語や読みものを紹介するなどを考えているという。

photo 「恋」を検索すると類語がこれだけ。知っているようで知らない単語は思わずクリックしたくなる

 分からないことがあったらまず頼るはず、とライバルに挙げるのはGoogle。プロが選んだ言葉で作られた辞書はWeb検索に比べてノイズが少なく、効率よく欲しい情報にたどり着けるよさがあると話すが、正確な情報の提供と同じくらい強調したいのは「気持ち良さ」だ。

 「正直言って、大きくて重い辞書が家にあってもほとんど開くことはないですよね。辞書を引く習慣がないのは重々承知。だからこそ、改めてスマートフォンの中で経験自体をアップデートしたい。無料にして裾野を広げたのは新しいビジネスモデルに挑戦したかったのもあるが、まずは辞書を引く行為自体を面白がってほしいから。『辞書なんて久しく使ってない』という人にこそ、1つの単語から情報が広がっていく独特の気持ちよさや楽しさを感じてもらえれば」(木下さん)

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