ちなみに故・石ノ森章太郎さんは、偉大な作家のセンスとしてすでにこのことを知っていて、アシスタントたちに見せて「なんですかこりゃ」と言われるようなアイディアほど「これは行ける!」と判断していたと言います。
余談ですが、永井豪さんも、「デビルマン」のキャラクター画を見せたところ、東映の人に「いいですね! で、主人公はいつ描くのですか?」と言われたそうです。敵キャラだと思われたわけですね。
過去の数字でリスク回避を図っていても、それは縮小再生産へと至る道。その道を歩むうちに「本ってつまんないものだ」という感覚が世の中に出てきてしまうのではないでしょうか。これは別に悲観論でもなんでもなく、テレビではすでに今まさに言われていることです。
また20代とそれ以上では書籍の消費行動がまったく違うという調査もあり、あと10年経ったら、出版界の風景はとんでもなく変わっている可能性が非常に大きいです。
こうした時代あればこそ、過去の数字よりもむしろ「おもしろいと自分たちが思ったものを届ける」という価値も大切にしたほうがいいのではないか。
私たちは、2010年から「AiR(エア)」という名の電子書籍をつくってきました。そうiPad発売の年です。第1号では作家の瀬名秀明さん、桜坂洋さん、漫画家のカレー沢薫さんら各分野の一線で活躍する書き手と、プロのデザイナー・校閲者が横断的に参加し、出版社ではないにもかかわらず、本をつくるための最小ユニットとして活動。
この試みはテレビ、新聞やネットなど様々なメディアで取り上げていただき、売り上げは発売後1週間だけで5000部を越えていきました。またこの個人集団の企画が、他の商業作品を差し置いてApple、iPadのテレビCMでも使われるという展開もありました(故スティーブ・ジョブズ氏本人が、いくつかの候補の中から「This one」と選んでくれたそうです)が、意外だったのは発売後1年以上経っても売れ続けたこと。
物理実体がない電子書籍は、ランキングに入らないと、人の目につく場所がなくなる。そのため実はロングテールは難しく、一般に半年ほどでピタッと動かなくなる傾向があるのですが、「AiR」の場合、かなり長期にわたって興味を持っていただいています。
以来、吉田戦車さん、福井晴敏さんら新たな書き手を迎えつつ、2号、3号をつくり、今回、4号では「AiR 4 KDP」というタイトルで、初のKindleダイレクト出版での刊行を行っています。
この号では、横溝正史ミステリ大賞を受賞した文芸作家の河合莞爾さん、一個人で中規模書店に匹敵するほど本を売っている電子書籍情報サイト「きんどう」の運営者、zonさんらが新たに参加なさいました。
「AiR」収録のテキストは、マーケティングなどを考えていたら出てこない熱い原稿ばかりなのですが(たとえばAiR4のカレー沢薫さんのエッセイのタイトルは「最近仕事の都合でチンコのことばかり考えている。」)、よく「なぜこのような活動をしているのか」、そして「なぜプロの書き手が参加しつつ、続いているのか」と聞かれます。その理由はシンプルで「電子書籍であれば自分たちがおもしろいと思ったものを、最短距離で読者に届けられる」から。
近年、コンテンツ産業では「パッケージメディアは最大のリスクだ」などという声も聴こえてくるようになりました。確かに紙の本でも、最大のリスクとコストは物理実体であること。しかし電子書籍であれば、このリスクとコストは軽減されます。はっきり言ってしまえば、自分たちでぜんぶやる覚悟さえあれば、流通は事前コストゼロでできる。
先にご紹介した、電子書籍情報サイトのzonさんのテキスト「電子書籍で食っていくためには、売る力を身に付けろ」では「電子書籍は“商材”としておもしろい」と、指摘していました。
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