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ぼくらはなぜ「AIの遺電子」にこんなにも惹かれるのか(2/3 ページ)

» 2016年04月13日 13時25分 公開
[松尾公也ITmedia]

ディスプレイのフォントがにじむ

 第1話「バックアップ」が公開されたとき、「このクォリティで週刊というのは無理だろう」という感想を多く目にした。

 主人公の登場回であり、時代やテクノロジーの説明などもあり40ページを要しているが、それ以降はすべて16ページに収まっている。しかし、初回だけだったねと残念がられることもなく、「毎話完結でこの質を維持しているのはすごい」との声が多い。

 ヒューマノイドの人格・記憶のバックアップがテーマ。AIの遺電子の未来では、ヒューマノイドのバックアップには制限が課せられている。体のほかのパーツは交換できても、頭がこわれれば、それで終わり。それは犯罪に加担するよう改造・複製される危険性、リストアする際にマルウェアの標的になるといった問題があるからで、バックアップ行為禁止は法制化もされている。

 それでも愛する人と少しでも長く生きたいという願いがその制限を乗り越えようとする。そこで生じる問題を、須堂医師の裏の顔が解決していく。

 人間はバックアップができない存在だ。たとえ死に際しても、その人格・記憶を保存することはいまの技術ではできない。できたらよいのに(よかったのに)と、家族や友人を失った人が悔やみ、願う。それが神話時代から今に至るまで続いている。

 しかし、バックアップできたとしても、それはすべてを解決するものなのか? その選択が正しいことだったのかと、登場人物たちと読者は問いかけられる。

 次の「かけそば」はちょっと軽めのグルメ系のお話。新米噺家のヒューマノイドが「かけそば」に取り組むのだが、うまくいかない。その理由を自分の体にあると考えた彼はある行動に出るのだが……。

 「人間とヒューマノイドの体にはいろいろと違いがありますが頭はそっくりにできています」とリサが説明しているとおり、ヒューマノイドの脳は人間と変わらない。そうなっている理由や、どうやってそこまで到達したかについては連載の中で徐々に明らかになっていく。

 その違いでヒューマノイドも悩むのだが、それを解決するのは医療に限らないのだ。

 第3話「ポッポ」はペットロボットの話。ヒューマノイドの頭脳は人間を模したものなので同様に心はあるのだろうが、それ以外のAIもこの世界には存在する。医療用AI、仮想空間用AI、行政用AI、恋人ロイド用AI。ペットロボットもAIを備える。

 AIBOの「お葬式」などでも話題になったように、人に寄り添ってくれるペットロボットは、家族にとって大きな存在。ペットがロボットになって人よりも長い寿命を持ちうるようになったときにどんなことが起きるのか。

 単行本第1巻には、第10話まで収録されている。第4話以降のタイトルは「恋人」「富豪の秘密」「ベスト」「ピアノ」「ミチ」「夢のような母性」「海の住人」だ。

 雑誌での掲載順とちょっと違うのがリサちゃん水着回でもある「海の住人」。単行本では第10話となっているが、雑誌では第4話。

 週刊少年チャンピオンでの連載は毎週順調に進んでおり、執筆時点で第21話、第2巻を構成するのに十分な長さに達している。

 そしておそろしいことに、この中にも傑作がいくつもあるのだ。「バックアップ」「ポッポ」で泣いた人はいまから身構えておくこと。

 特に第20話「お別れ」は思い出すだけでディスプレイのフォントがにじむ。

 週刊少年チャンピオンはようやく電子化され、KindleやiBooksなど各種電子書籍で読めるようになったので、第1巻の続きを読みたい人はウィークリーの読者に簡単になれる(ただし、電子版は毎週木曜日ではなく、翌週の火曜日発売)。

 公開分3話+単行本収録の残り7話を読み終えて「はやく次くれ」と読書中枢をいじられてしまった人は、須堂医師に治療してもらうか、筆者と同じように毎週追いかけるのをお勧めする。順番が前後しても基本的に読み切りなので、話が飛んでわからなくなるといったことはない。

photo 筆者秘蔵の「私家版AIの遺電子第2巻」

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