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想像力とデメリットコントロールITソリューションフロンティア:視点

» 2004年09月21日 00時00分 公開
[堀部明,野村総合研究所]

 もう5年ほど前になるが、ペット葬儀というビジネスがあるのを初めて知った。自宅の最寄り駅近くの路地裏で弱って倒れていた三毛猫を拾ってきて、動物病院に連れて行ったが、寿命がなかったとみえて2日後に天国に行ってしまった。市役所に焼却処分をしてもらうのもためらわれて、ペット葬儀屋さんにお世話になった。数万円の費用がかかったと記憶している。最近ではインターネットペット霊園なるサービスも登場し、インターネット上でお墓参りができるようになっているらしい。

 “癒し”を求める現代人の、ペットに対する想いがますます深まっているのであろう。このような想いに対して「想像力」が働いてペット葬儀やインターネットペット霊園などといったニュービジネスが次々と生まれてきているものと推察される。

 辞書をひくと、「想像力」とは「感性と悟性という異質な能力を媒介する能力」とあり、「感性」は「(既成観念にとらわれず)外界からの刺激によって感動することができるこころの働き」、「悟性」は「論理的に物事を判断する能力」とある(『大辞泉』)。

 ルネッサンス時代のイタリアの政治思想家マキアヴェッリは、人間にとって重要な資質は想像力であると述べている。マキアヴェッリの思想は倫理の道に反すると非難する向きも多いが、自分の経験に照らしてみると多くの普遍的な真実が語られているように思う。

 彼は想像力についてこう書いている。「軍の指揮官にとって、最も重要な資質はなにかと問われれば、想像力である、と答えよう。この資質の重要性は、なにも軍の指揮官にかぎらない。いかなる職業でも、想像力なしにその道で大成することは不可能だからである(『戦略論』)」(塩野七生『マキアヴェッリ語録』新潮社刊より引用)。

 入社以来、システムの開発や営業の仕事に携わってきた。たしかに、ユーザーの業務運用や心を想像できるSE(システムエンジニア)、お客様の反応やニーズを想像できる営業担当者、業界の変化を想像できる事業企画担当者、部下のモチベーションの状態を想像できる上司などの例から判断するに「想像できる」ということが一人前になる条件だったと思える。

 マキアヴェッリはまた、成功の条件としての「デメリットコントロール」についても次のように語っている。「人間の行う行為を見れば、いかに完璧を期そうとも、必ずなにか不都合なことを引きずっているものである。なぜなら長所は必ず、短所をともなわないではすまないからだ。それゆえに、どうすれば短所をコントロールできるかが、成功不成功の鍵となってくる(『政略論』)」「良い面を残そうとすれば、どうしたって悪い面も同時に残さざるを得ないのである。だからこそ盛者は必衰なのだろう(『手紙』)」(同上)。

 複数の方策を評価し、選択をするときによく作られるものに、メリット・デメリット表というものがある。この表は、メリットの数がデメリットの数を上回っているということでその方策の優位性を判断するといったふうに、すでに決まっている結論(落しどころ)を正当化する場合などに利用されることが多く、デメリットコントロールの発想に乏しい。

 マキアヴェッリが指摘しているのは、どんなにメリットが大きくても、コントロール不能なデメリットを裏で抱えている場合は成功はおぼつかないし、成功のためにはデメリットを抑える補完的な仕組みを組み込んでおくことが必要であるということである。

 たとえばコンビニの成功の要因は、およそ日常生活に必要なものは一通り揃っているという便利さ(取扱商品は数千アイテム)、買い取り方式による仕入れ原価の低減というメリットだけではなく、限られた店舗スペースと商機のロスというデメリットをPOSシステムを利用した売れ筋・死に筋の分析によって抑えこむ補完システムが組み込まれていることにある。

 ITの世界においても、1990年代以降のダウンサイジングの流れのなかで、コストダウンや利便性というダウンサイジングのメリットを享受することを可能にしたものは、性能や信頼性などに関するデメリット部分をコントロールする技術力やマネジメント力であったように思う。また、ITアウトソーシング、ビジネスプロセスアウトソーシングが進むなかで、アウトソーシングを管理するプロセスの構築や人材確保があらためて重要視されているのは、アウトソーシングのデメリットコントロール(補完システムの構築)を行い、より大きな効果を狙うためであろう。

 成功の条件として、想像力とデメリットコントロールについて述べてきたが、これは7 月4日に閉幕したサッカーの欧州選手権(ユーロ2004)の結果をみても感じられたことである。優勝したのは数多の強豪国ではなく、下馬評にもあがっていなかったギリシャである。優勝候補の国々と違って突出した選手がいないギリシャは、マンツーマンによる守備と、最終ラインと中盤にフリーな攻撃の起点を置くことで、「僅差の試合に持ち込む」「少ないチャンスをものにする」という、現代の欧州ではユニークな戦術によって成功したと言われている。

 ついでに、マキアヴェッリは次のようにも述べていることを付け加えておきたい。「中くらいの勝利で満足するものは、常に勝者でありつづけるだろう。反対に、圧勝することしか考えない者は、しばしば、陥し穴にはまってしまうことになる(『フィレンツェ史』)」(同上)。ともあれ、レーハーゲル監督の「想像力」と、「攻撃機会の圧倒的な少なさというデメリットを補完する守備力強化」の戦術が実を結んだと言えるのではないだろうか。

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