中東紛争で“企業のAI投資”はどう変わる? 求められる戦略の「再設計」:小林啓倫のエマージング・テクノロジー論考(1/3 ページ)
中東紛争により、企業のAI投資戦略はどのような変化を求められるのか。
調査会社の米Gartnerの予測によれば、2026年の世界AI支出は、前年比44%増の2.52兆ドル(約403.2兆円、1ドル160円換算、以下同)に達する見通しだという。同じく調査会社の米IDCによれば、日本でもAIインフラ支出は22年から25年の3年間で7倍に急拡大し、26年には55億ドル(約8800億円)超に到達する見通しだ。
だが、この巨額投資が前提としていたコスト構造や政治・経済環境が、2〜3月の出来事によって根底から揺さぶられている。言うまでもなく、中東における紛争の発生だ。
米国・イスラエルによるイラン攻撃と、イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖、AWSデータセンターへの史上初の軍事攻撃、AI需要に起因する世界的なメモリ危機――これらの複合的なショックは、企業がこれまで暗黙の前提としてきたAI利用の「コスト方程式」を書き換えつつある。その結果、26年は「AI投資の再設計元年」となるかもしれない。
そもそもAI投資はROIを出せていたのか
紛争の話に入る前に、まず直視すべき現実がある。企業のAI投資は、今回の紛争以前からROI(投資利益率)の壁にぶつかっていた。
英PwCが1月に発表した調査結果によると、世界95カ国のCEO4454人のうち、56%が過去1年間でAIが増収にもコスト削減にも寄与していないと回答している。AIによって増収とコスト削減の両方を達成した「AI Vanguard」企業は、わずか12%にとどまる。
Gartnerの調査はさらに厳しい数字を突きつける。企業のAI活用プロジェクトで測定できるROIを達成しているのは5分の1にすぎず、破壊的価値を生んだのは50分の1。また74%の組織がAI投資で損益分岐点以下という。
一方で、紛争前に行われた同社の調査では、89%のCIO(最高情報責任者)が26年にAI支出を増やす予定と回答しており、投資額は膨張し続けていた。多くの企業が、AIで実験するフェーズを終え、実利を求める段階に差し掛かっていたといえるだろう。
調査会社の米ETRの調査でも、企業はAIライセンスの購入数を減らしつつ、全体の支出を増やしている。これはガバナンスを強化し、焦点を絞ったユースケースに集中する「選別」が始まっていたと考えられる。
つまりROI問題は、紛争によって初めて引き起こされたものではない。紛争以前から「投資と成果のギャップ」は常態化していた。中東の紛争は、この既存の問題を一気に深刻化させる要因となった。
AIにも関係する“エネルギー危機”
2月28日、米国とイスラエルはイランに対する大規模攻撃を開始した。イランの最高指導者ハメネイ師が死亡し、イランはペルシャ湾岸諸国の米軍基地やエネルギー施設への報復攻撃を実施。ホルムズ海峡が事実上封鎖された。
IEA(国際エネルギー機関)は、この状況を「歴史上最大の世界エネルギー安全保障上の課題」と表現している。事実、国際的な指標であるブレント原油価格は、紛争以降55%以上急騰し、一時1バレルあたり112.57ドル(約1万8011.2円)に達した。
日本もその影響を受けている。経済産業省によると、25年の日本の原油輸入における中東依存度は94%、ホルムズ依存度は93%に達するという。政府は3月16日、1978年の備蓄制度創設以来最大の8000万バレルの石油備蓄放出に踏み切った。朝日新聞の世論調査(14〜15日)では、回答者の90%が紛争の日本経済への影響に不安を感じていると答えている。
エネルギー市場のデータは深刻だ。アジアのLNG(液化天然ガス)ベンチマーク価格であるJKM(Japan-Korea Marker)は、紛争後に2倍に上昇した。東京圏のベースロード電力先物(2026年度)は11%上昇し、1kWhあたり13.58円の最高値を記録している。
野村総合研究所の試算では、原油が1バレルあたり140ドル(約2万2400円)に達した場合、日本のGDPは0.65ポイント低下し、インフレは1.14%上昇する。みずほ銀行は原油90〜100ドルが持続した場合、年間貿易赤字が約10兆円拡大すると見積もっている。
AIコストを押し上げる「3つの圧力」
ただ、紛争がAI投資のコスト構造に影響を与える経路は、「原油価格が上がったから電気代が上がり、電力を消費するAIの運用コストも高くなる」という一直線の因果関係ではない。専門家たちは、次のような3つの独立した圧力が同時に作用していると指摘している。
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