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コラム
» 2005年07月25日 01時00分 公開

PCの高速化を巡る“果てしない追いかけっこ”小寺信良(2/3 ページ)

[小寺信良,ITmedia]

容量に見合うタスクを作る

 今度はストレージの大容量化という点に目を向けてみると、PCを使ったビデオ編集もヘビータスクとしておあつらえ向きであっただろう。その黎明期においては、PCのノンリニア編集はアナログ入出力が主体で、システムとしては最小構成でも500万円から、と言われていたものである。

 それが1997年頃、カナダDPS社の「Spark」というIEEE1394カードの登場により、コンシューマの世界ではデジタルキャプチャーによるノンリニア編集文化が花開いた。Sparkというカード自体はAdaptecのAHA-8940と同等品であったのだが、Adaptec自身がインタフェースカードとして製品を出したのは、かなり後であったと記憶している。のちに聞くところによれば、当時はまだインタフェースとしてUltra SCSIなどのカードを売っていきたかったという戦略もあったようだ。それが功を奏してか、HDDのインタフェースとしては、FireWireは普及しなかった。

 当時のマシンでノンリニア編集を行なうには、ちょうど3DCGブームの落とし子としてグラフィックスカードの性能が上がっていたことに助けられて、当時の平均的なマシンパワーでもなんとか足りていた。しかし圧倒的に足りなかったのが、ストレージ容量である。

 当時のHDDといったら、大容量とはいっても2Gバイトとかそんなもんである。IDEに比べて製品開発が先行していたSCSIタイプのHDDでも、4Gバイトまであったかどうか。もちろん、たまの休みにやる遊びレベルではそれでも足りるだろうが、ちょっと本格的にやろうと思えばHDD1基ではどうしようもない。必然的にSCSI RAIDカードや外付けHDD BOXなどの世話になることになる。CPUなどは現実のタスクを追い越してしまったが、ストレージに関しては進化が後から付いてきた時代だった。

 だがそのストレージ容量が年々着実に増加し、価格も下がってくると、普通の人にしてみればPC内蔵のHDD容量が大量に余るようになる。そんな折、今度はそれを埋めるべくちょうどいいタイミングで引っ張り出されてきたタスクが、「TVキャプチャー」ではなかったか。

 ハードウェアエンコードによるMPEG-2のTVキャプチャーは、1999年夏に発売されたソニーのバイオPCV-R70・R60・R50から始まったが、それから約2年後の2001年にはDVD-R for Generalドライブの発売と相まって、自作PCの世界でブームを巻き起こした。

 筆者もかなり初期の頃からTVキャプチャーカードを使っていた口だが、HDDが一杯になって録画できなかったという記憶はほとんどない。もちろんDVカメラのストリームを記録することに比べれば、MPEG-2の圧縮効率がいいということはあるだろう。だが数十Gバイトの空間を短時間で食い尽くすデータというのは、映像以外でそう簡単に存在するものではない。

 そういう見方をすると、PC業界は常に行きすぎた進化の埋め合わせをするソリューションを探してきては当て込んでいくことで、「PCってもうそろそろこの辺でいいんじゃないの?」と思われてしまうことを巧みに回避してきたように思える。まあ早い話が、PCセールスとして「速い! 大容量!」以外の売り方を考えなくても、なんとかなってきたわけである。

期待される次なるタスク

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