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日本のベンチャー業界活性化に必要なものとは?金融・経済コラム

» 2007年05月21日 12時00分 公開
[保田隆明,ITmedia]

ビットバレーの象徴的存在だったネットエイジが第二の創業期に突入

 ネットエイジグループが、来月の株主総会で西川潔代表取締役社長が代表権のない取締役会長に就任し、新たに現共同代表取締役の小池聡氏が後任社長となることを発表しました。1990年代後半のビットバレー時代から、新たなインターネットサービスのインキュベーション事業に軸足を置いてきた同社ですが、今回発表された同社の事業再構築によると、インキュベーション事業を継続しつつ、収益面での柱にはベンチャー企業への投資事業を据えることが伺えます。

 今までもベンチャー企業への投資事業は行っていた同社ですが、投資対象範囲は主に日本のインターネットやIT系企業に限定していたものでした。それが今後は対象業種、地域の枠を広げていくことも発表し、会社名もネットエイジグループから「ngi group」に変更されます。

 日本のインターネット業界の中心にいたネットエイジだからこそ、インターネット、IT企業への投資に関しては目利き力に優れていたと思われますが、果たして投資対象業種、地域を拡大することによって、今までの同社の「エッジ」は失われることはないのでしょうか?

 そのあたりを取締役最高執行責任者(COO)就任予定の金子陽三氏に聞くとともに、日本のベンチャー市場の今後の発展性に関して議論をしてきました。

株式投資以外でベンチャー企業をサポートすることも可能

 金子氏は大学卒業後、外資系金融機関などを経た後、1999年から2年間、アメリカの有数のベンチャーキャピタルであるドレーパー・フィッシャー・ジャーベトソンのアジア地区統括責任者として勤務。その後東京に戻り、ベンチャー企業向けの経営コンサルティング業を行っていたものの、もう少し業態として多数のベンチャー企業の悩みに対応できるような事業が存在しないものかと考えます。そこで、どのベンチャー企業でも当初はオフィス確保に困っていることに着目し、インキュベーションオフィス事業を始めることになります。

 業態としては、金子氏の経営する企業が広いオフィススペースを赤坂と六本木に借り、それをベンチャー企業に小口スペースとして転貸するというものでした。広いオフィスに多数のエネルギー溢れるベンチャー企業が集まれば、そういう企業間で何かシナジーを創出することもできるだろうという思いがあったそうです。その仕掛けとなるサービス、そして、それらベンチャー企業が共通に必要とするモノや情報を提供したいと思っていたものの、金子氏の経営する企業自体もベンチャー企業であったため、オフィスの運営だけでリソースが手一杯となり、また、更に事業を拡大していく投資資金が潤沢にあったわけではありませんでした。

 そんな時に、ネットエイジキャピタルパートナーズの小池聡氏から、金子氏が経営する企業に買収提案が舞い込んできたとのこと。当時のネットエイジキャピタルはまだ投資のみを行っていた企業でしたが、最終目標としては投資のみならずベンチャー企業が必要とするサービスをトータルソリューションとして提供したいと思っていました。金子氏の経営するインキュベーションオフィスはそのパズルにうまくはまるということでした。

新しいタイプのベンチャーキャピタルの出現となるか?

 現在ネットエイジキャピタルでは、この金子氏が経営していたインキュベーション事業子会社以外に、7つのベンチャー企業向けサポート事業を行う子会社を有しています。プレスリリースの配信代行業、事業計画作成やバックオフィス業務の請負、人材採用、決済・給与の一括支払業務、そして営業支援業などです。これらサービスは全てベンチャー企業が成長する過程で必要になるもの、そしてどうしても自社だけで対応するにはリソース不足で困るものです。

 「一般的なベンチャーキャピタルの限界は、株式投資という形でしかベンチャー企業のサポートを行えないこと。しかし、ベンチャー業界の発展のためにはお金のサポートだけではなく、サービス面でもサポートをしていく必要がある」と金子氏は指摘します。

 また、ベンチャー投資に関しては「日本の上場しているベンチャーキャピタルが抱える問題点は、常に株主から成長を求められるがゆえに、ひたすらファンドの規模を大きくし、まだ育っていない社内の投資担当者にとにかく投資先の発掘をさせてしまい、結果として収益が悪化するというパターン。それでは、ベンチャー業界そのものの発展が見込めない」とも指摘。

 確かに、日本のベンチャーキャピタルは、最終的には投資収益がプラスマイナストントンぐらいのところが多く、アメリカに比べてその投資手法や投資担当者の育成に問題があるとされています。新生ngi groupは同じ轍を踏まないようなビジネスモデルを目指していると理解できます。

 金子氏はファンドへの出資者集めを担当する一方、新生ngi groupは上場企業であるため自社のIR活動も担当しています。つまり、ファンドの出資者と株式投資家の両方とコミュニケーションをしているわけですが、その2者の違いを以下のように説明します。

 「投資規模を拡大するためにベンチャーキャピタル自体が上場して投資資金を増やすこともよくあるが、ベンチャーキャピタルの場合は投資をしてから利益を上げるまで数年、長い場合は10年弱かかることもあるのに、株式投資家はそれほど気長には待ってくれない。よって、上場した瞬間から株主との認識違いが生じる」

 新生ngi capitalの場合は、ベンチャー企業へのサービス提供子会社によって収益の安定成長を図ることで株主を満足させつつベンチャー企業への投資を行っていくビジネスモデル。その点が、上場しているほかのベンチャー企業とは異なるとのことですが、皮肉なことにも先日の決算発表では今期で減益予想を発表し、株価がストップ安となりました。株主に事業モデルを浸透させるにはまだまだ地道な努力が必要となりそうです。

生き方や理念に共鳴できる人達の存在が不可欠

 金子氏と今後の日本のベンチャー界の発展に関して議論を進めると、「ベンチャー企業もベンチャーキャピタルもレボリューションをもっと追いかけるべき。当社も他人事ではなく、上場前はどうしても投資規模も小さく、世の中に大変革をもたらすようなアイデアに投資をするというよりは、収益がある程度確実に見込めそうな固い事業に投資しがちだった。今後は、新たな事業モデルのもと、世の中を変えるような事業を発掘し、積極的に投資していきたい」とのこと。

 そして、最後に「先日、中国で行われたベンチャーキャピタルのカンファレンスに行ってきた。そこでドレーパー氏(上述アメリカVCの創業者)の講演があり、お題は『Change the World』。日本で、そのような理念でベンチャー投資を行っているキャピタリストがどれぐらいいるか。日本ではベンチャー界にまだまだ人材が集まっていないが、今後の日本のベンチャー業界の発展にはどれだけ生き方や理念に共感できるような人達がベンチャー企業、ベンチャーキャピタルに登場するかが全てだと思う」と語った。

 金子氏がインキュベーションオフィス創業時に描いた、様々なエネルギー溢れるベンチャー企業が集うことによる大きなうねりの創出は、場所を日本のベンチャー業界に広げて引き継がれている様子。ただ、まだ本人が満足するレベルには全く至っておらず、株式市場との認識ギャップも存在します。

 果たして、金子氏のいう新たなビジネスモデルで地に足をつけて日本のベンチャー界を変えていけるのか、あるいは、収益のほとんどが保有するmixi株式の売却益に依存型の企業体で終わってしまうのか。ネットエイジの第二創業は今後の日本のベンチャー業界の発展をうらなう意味で興味深いものです。

保田隆明氏のプロフィール

リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券にてM&Aアドバイザリー、資金調達案件を担当。2004年春にソーシャルネットワーキングサイト運営会社を起業。同事業譲渡後、ベンチャーキャピタル業に従事。2006年1月よりワクワク経済研究所LLP代表パートナー。現在は、テレビなど各種メディアで株式・経済・金融に関するコメンテーターとして活動。著書:『図解 株式市場とM&A』(翔泳社)、『恋する株式投資入門』(青春出版社)、『投資事業組合とは何か』(共著:ダイヤモンド社)、『投資銀行青春白書』(ダイヤモンド社)、『OL涼子の株式ダイアリー―恋もストップ高!』(共著:幻冬舎)、『口コミ2.0〜正直マーケティングのすすめ〜』(共著:明日香出版社)、『M&A時代 企業価値のホントの考え方』(共著:ダイヤモンド社)『なぜ株式投資はもうからないのか』(ソフトバンク新書)。ブログはhttp://wkwk.tv/chou/


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