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マスメディアとインターネットの対立関係は、どこへ向かうのか(1/3 ページ)

» 2008年01月05日 12時00分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]

 マスメディアとインターネットの世界が対立していた時代は、そろそろ終わりに近づこうとしている。いまや局面は、マスメディアにしろインターネットにしろ、どのようにしてマネタイズ(収益化)を確立できるかというフェーズに移りつつあるからだ。そのフェーズにおいては、マスメディアとインターネットは対立関係からどう脱し、新たな関係性をどう確立できるかどうかが問われることになる。

なぜWSJは100万人規模の有料会員制を放棄するのか

 例えば、こんな話がある。米国の有力経済紙The Wall Street Journal(WSJ)を買収したNews Corp.のルパート・マードック氏は2007年11月、オーストラリアで開いた株主向け説明会で、同紙を無料化する方針を明らかにしている。WSJといえば世界でも数少ない「コンテンツ有料化に成功した新聞」として知られており、年間50ドルの有料会員の数は100万人に達している。ここからの売上だけで年間5000万ドルに達している。これを捨て去るというのは、一件無謀な方策にしか思えない。だがマードック氏は説明会で、こう語ったという。「100万人が相手ではなく、世界中の最低1000万人から1500万人の人たちを相手にするのだ」

 無料化しても、記事コンテンツにはGoogle AdSenseのようなターゲティング広告を掲示することが可能だ。少なく見積もっても、無料購読者ひとりあたり10ドル程度の広告料を稼ぐことができれば、1000万人の会員に対する広告料は年間トータルで1億ドルに達する。これは現在の有料課金による売り上げ5000万ドルの倍の数字で、おまけにインターネット広告市場は拡大し続けているから、この売り上げはさらに増えていく可能性がある。

 そう考えれば、記事を無料化して広告モデルで収益を上げていくというのは、戦略としてはきわめて正しいと言わざるを得ない。旧来のメディアビジネスの枠組みで考えれば、せっかく有料課金して儲かっているサイトを無料化し、広告だけで食べていこうというのは正気のさたではない。しかしこの決断をあっさりと下そうとしているところに、半世紀にわたってメディアの世界に君臨してきたマードック氏の嗅覚のすごさがある。インターネットに対する本質的理解の深さは、76歳とはとても思えないほどだ。このマードック氏の試みは、新聞業界がインターネットの世界へと本格的に入り込んでいく第一歩であり、今後WSJが本当にマードック氏の予測するような収益が確立できるかどうかは、大きな天王山だ。

日本でのCGMの地位を上げようとする試み

 一方、インターネットの世界でも、マネタイズへのさまざまな試みが行われている。例えばブログ広告のアジャイルメディア・ネットワーク(AMN)。CNET Japanの編集者だった坂和敏さんやアルファブロガーアワードの徳力基彦さんらが設立した企業で、国内の有力ブログと提携してブログに広告収益をもたらすビジネスを進めている。徳力さんは2007年8月、私の取材にこう話していた。

 「2006年ごろからブロガーに少額の謝礼を渡して紹介記事を書いてもらうというビジネスがだんだん増えてきて、このままだと『ブロガーは100円を渡して記事を書いてもらえる人たちだ』みたいな方向に進んでしまうことへの危機感があったんですね。そういう魂の入っていないやり方ではなく、個人個人のブロガーから、広告や収益をどうとらえていくのかというスタンスで考えていかなければと思ったんです」

 「米国ではブログの広告モデルはかなり確立していて、例えば人気サイトのTechCrunchは日本円で月額2000万円ぐらいの広告収入があります。日本とは全然桁が違う。日本はそれに比べるとCGMやソーシャルメディアの地位が低すぎると感じていて、これをもっと適正にすべきだと思ってるんです」

 AMNの狙いは、マスメディアのようなショートヘッドではなく、ロングテールほどマイナーではない、ある程度の数の読者を持っていて質の高い情報を発信しているような中間層のブログ――すなわち“マジックミドル”圏域のブログの地位をアップし、この部分での収益力を高めていこうということだ。

 それは決してブログのマスメディア化を狙うというわけではない。巨大なページビューを誇るブログでなくとも、ニッチな市場にリーチできるような希少価値のあるブログであれば、十分に収益を確保することは可能で、こうした小規模マーケットでのターゲティング広告がマジックミドルのマネタイズを実現するとAMNでは考えている。マジックミドルはマスメディアよりはずっと「視聴率」は低いが、読者層がきちんとターゲティングされていて、ニッチ的な価値はマスメディア以上に高いのだ。

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