和人の新しいチーム編成がハマり、企業向けのアポイントは順調に取れた。反面、個人向けの営業が進まない。担当のマザーとクオーターに同行する和人の作戦とは――。
マイラインの営業で名を馳せた吉田和人。営業は根性や経験ではない、というのが持論だ。そんな和人に「また営業所長をお願いできないですか」との電話が。「優秀なメンバーを集めましたから」という触れ込みだったが、最初の1週間の営業成績は0回線に終わる。
そこで和人は本部に内緒でチーム編成を刷新。マザーとクオーターは個人を対象にした「仲良しチーム」、ロバさんとオタクは中小企業を攻める「ロバさんチーム」、タカシとショージは大手企業に営業する「大口兄弟チーム」、イケメンとジンジの営業サポート――。この編成がさっそくハマり、イケメンがアポを取りまくり、ロバさんチームと大口兄弟チームのスケジュールは埋まっていった。
問題は個人向けの仲良しチームである。心配な和人は、2人に同行して営業に出かけるが――。
午後1時。仲良しチームと和人の3人は、事務所の最寄り駅から2つ東京よりの一戸建て住宅が多い地域にいた。
「どっちから行く?」
「え? 北からかな……」
「そうじゃなくて、マザーとクオーター」
「ああ、いや、まず所長から見本を」
「そう来ると思った。じゃあ、そこの家から行くか」
腰が引けているマザーとクオーターの仲良しチームを尻目に、和人は躊躇(ちゅうちょ)なくベルを押した。
「はーい」
「すみません。道に迷ったみたいで、ちょっと教えてほしいのですが」
ドアが開いた。40代と思われる主婦が出てきた。明らかに不審そうだ。
「ええと。地図は持ってるの?」
「ええ」。手に持ったクリアファイルから地図を見せた。地図には赤いしるしがついている。その横には、「マイラインは×××」と大きく書かれた、パンフレットの表紙を切り取ったものが入っている。タレントの写真がよく目立つ。
「この赤いしるしは何?」
「これですか? これは、この辺で弊社のマイラインを使われているお宅にしるしをつけてるんです」
「あら。営業さん?」
「そうなんです。いつもお世話になってます。こちらにも営業って、たくさん来ます?」
「そうなのよ。うるさいし、しつこいし」
「しつこい営業って、いやですよねえ」
「ほんとに」
「私もいやです」。そういってにっこりする和人の笑顔に相手もつられていく。
「マイラインって今盛んにテレビで宣伝してるやつよね。このタレントさん、見覚えあるわ」。主婦が地図の隣のパンフレットを指差して言った。
「ああ。ご覧になったことがありますか」
「うん。知ってる、知ってる。結構好きなのよ」
「マイラインには?」
「それがよく分からなくってね。ほら、うちは地図だとえーと。ああ、あった。ここ。しるしついてないでしょ?」
「ああ。本当ですね」
「でも、こうやって見てると結構みなさん入ってるのね」
「そうなんです。せっかくの機会ですから、ご説明させていただけますか」
「いいわよ」
待っていた言葉が引き出せた。和人は、「アプローチブック」と呼んでいるクリアファイルの別のページをゆっくりと開いた。そのページには、大きく「今から100年前」と書かれていた。
「なに、これ?」
和人は、なんと電話の歴史から語りだした。主婦は話に引き込まれていった。
「すごい。所長さん。魔法みたい」。マザーが目を大きく見開いて言う。和人はあの後、見事に契約を取ったのだった。
「さすがに1軒目でうまくいくことは少ないんだよ。今日は運がよかった」
「ポイントを教えてください」。ポイントの発音がすばらしい。クオーターだ。
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