今度という今度はダメかもしれない大口兄弟の伝説(2/2 ページ)

» 2008年12月03日 12時00分 公開
[森川滋之,ITmedia]
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 タカシとショージの2人は、大企業しか攻めていない。見込みだけなら5000回線ぐらいある。全部成約したらコンテストは楽勝で全国トップだ。しかし、どれもこれも時間がかかりそうな企業ばかりである。現在、初回訪問ができているのが50社。そのうち商談が進んでいるのは7社。一番大きいのは1500回線のタケダ食品である。その後に900回線のスーパー山本が続く。それ以外は、軒並み500回線前後。

 営業の進捗状況からみて、早いところで今月末。ほかは来月以降と和人は読んでいる。そろそろ大口兄弟から同行の依頼があってもいい頃だと思うのだが、なかなかその兆候がない。和人は内心ヤキモキしているのだが、もう少し放っておくことにしている。少なくともマジメにやっているのだし、本人たちから言ってこないうちにこちらから働きかけるのは逆効果だとも思っている。

 和人の正直な気持ちは、今月だけでもいいから、大口兄弟にも他の2チームと同じように中小企業を回って欲しいということだった。それぐらい「2ステップ営業方式」は威力がある。

 和人のヨミはこうだ。先月分から今月分に回したのが100回線強。仲良しチームが400回線、ロバさんチームが500回線。現在の成約本数から行くと、そのぐらいはいけそうである。それに大口兄弟が500回線とって来てくれたら、1500回線。安心なラインかは今のところ分からないが、全国トップを狙える数字ではある。そのほかにイケメンが個人向けで40から50は行くかもしれない。

 和人は、何度も大口兄弟に中小企業を回ってくれるように頼もうと思ったが、結局第1週を終わっても言えないでいた。今の時点で言えないと、馬力のありそうな大口兄弟でも500は難しいだろう。それに、今まで大企業ばかり狙っていて成約件数のない大口兄弟の実力は未知数なのだ。ここにきて中小企業へ回れというのは大きな賭けである。

 それに和人のヨミがいくら確かだと言っても、本当の結果はふたを開けてみないと分からない。このぐらいの契約本数であれば、少なくとも100、多ければ200以上の前後があるはずだ。和人のヨミどおりだという保証はどこにもない。大口兄弟が1社取ってきてくれれば、それこそ核弾頭ぐらいの威力がある。間違いなく全国トップになれるだろう。ただ、その可能性は限りなく小さい。

 「俊子、今度という今度はダメかもしれない」。帰宅した和人は、二十年来連れ添ってくれている妻に営業コンテストの話をした。

 「そろそろ来月からの仕事を探すよ」。営業成績が悪くてリストラされた元営業所長の仕事探しはしんどいだろうなと思いつつ、和人は言った。

 「どうしたの? ようやく結果が出てきたと、この前自慢してたところなのに」

 「うん。みんな営業経験もないのに、本当によくがんばってくれている。ただ、目標が高すぎるだけだよ」

 「あなた、クオーターさんが契約を取ってきたときに、絶対営業所をつぶさせないって言ってたじゃない。ようやく挽回できるって、張り切ってたのに……」

 「あれは、奇跡だったんだよ。奇跡は、そう何回も起きない」

 「そうかしら? 奇跡なのかしら? がんばってた当然の結果じゃないの?」

 「でも、今度ばかりはどうしようもならない。オレがもう少し早く大口兄弟に指示をしていたらいけたかもしれないが、タイミングを逃してしまったようだ」

 「すぐにあきらめるのね。あなたがあきらめちゃうと、がんばってるみんなはどうなるの?」。まるでアネゴのようなことを言う。自分の周囲の女性は、みんななぜこんなに強いのか。

 和人は、5月にもうダメだと観念していたときのことを思い出した。あのときもあきらめていたのは自分だけだった。今度もそうなのかもしれない。

 「ねえ。今月で終わりかもしれないけど、次の仕事を探している暇があったら、最後までみんなを信じてベストを尽くしましょうよ。そうでないと、あなた一生後悔するわよ」

 「分かった。俊子。君の言うとおりだ。せめて、あいつらを最後まで信じきると約束する」

次回「オレはリベンジしたいんだ」はこちら

著者紹介 森川“突破口”滋之(もりかわ“とっぱこう”しげゆき)

 大学では日本中世史を専攻するが、これからはITの時代だと思い1987年大手システムインテグレーターに就職する。16年間で20以上のプロジェクトのリーダー及びマネージャーを歴任。営業企画部門を経て転職し、プロジェクトマネジメントツールのコンサル営業を経験。2005年にコンサルタントとして独立。2008年に株式会社ITブレークスルーを設立し、IT関係者を元気にするためのセミナーの自主開催など、IT人材の育成に取り組んでいる。

 2008年3月に技術評論社から『SEのための価値ある「仕事の設計」学』、7月には翔泳社から『ITの専門知識を素人に教える技』(共著)を上梓。冬には技術評論社から3冊目の書籍を発売する予定。


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