パーソナルな海外進出 語学習得のポイント編樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

商社マンの筆者は技術者と客先をつなぐ通訳の役割を果たすことも多い。だが、それではいつまでたっても技術者が自分の言葉でコミュニケーションを取ることはできない。そんな筆者が思い立ったことは――。

» 2008年12月11日 09時47分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 筆者がサウジアラビアに駐在していた時のことだ。現地の電力会社にかなり大きな配電機器の注文をもらった。サウジでの初受注だった。先方との技術打ち合わせのために、本社を通じて機器メーカーの技術者を送ってほしいと依頼した。

最初は通訳頼みだったT氏

 1カ月後、メーカーの技術者であるT氏が出張してきた。技術仕様書の詳細(英文)と図面、そして質問点なども英語になっている。サウジアラビアでは、一般的に英語で打ち合わせて契約を結ぶ。

 T氏はサウジアラビアが初めての海外出張だった。到着後、最初の夕方である。酒のない夕食(サウジアラビアは禁酒)を食べた後、T氏がおずおずと筆者に話しかけた。

 「樋口さん、明日の打ち合わせですが、一緒に行っていただけますか。私、英語が弱いのです。助けて下さい」「もちろんです。そのために商社があるのです」

 翌日、技術打ち合わせが始まったが、明らかにビビっていた。相手の言葉を理解しようとしないのだった。分からなければ「分かりません。もう一度おっしゃってください」とか、「もう少しゆっくりと話してください」とか、「どのようなスペリングですか」とお願いしたら、T氏は理解できるはずなのに、筆者の通訳だけに頼っているのだ。

 技術の打ち合わせは何十項目もある。筆者は最初の10項目までを逐次通訳した。彼は筆者の説明を聞いて、「はい“OK”と言ってください」「いや、それは“Too much change”だ」と言っていた。

 英文の技術説明書は、T氏が独りで作成したもので、英語そのものはきちんと理解している。筆者はタイミングを計っていた。先方から「〜は大丈夫ですか」と聞かれた時、T氏も先方が言ったことが分かったようだった。

 ここだ――と、筆者は席を立った。「ちょっと、トイレに行きますから。今の質問、回答しておいてくださいね」。用事を済ませて、すっきりとして帰ってきたら、「はい、OK、OK」と身ぶり手ぶりを交えてT氏が直接交渉している。冷や汗をかきながらも、とにかくT氏は直接交渉できた。

 それから後は、できる限りT氏が直接回答するように仕向けて、YesやNoの回答や、数字などの回答では、極力T氏に話をさせた。複雑な質問やT氏の会話力では誤解するかなと思えるようなところだけは筆者も確認した。こうしてT氏は、生まれて初めて外国人との直接交渉をしたのだった。

 すべての交渉が終わってホテルに戻り、2度目の夕食。「Tさん、立派でした。ちゃんと英語で説明していましたね」「いやあ、初めてです。無事に終わって、うれしいです。これで明日、帰国できます」。技術や数式の専門用語は、それ自体が国際語として通じるものなのだ。

飛べない小鳥に勇気を

 それから5カ月後、T氏は再度サウジアラビアに出張してきた。次の注文を取ったからだ。今回も客との交渉には筆者が同行した。しかし、今度のT氏は別人のよう。もうT氏は、筆者に向かって日本語で話さず、何とかかんとか客に直接話しかけようとし始めていた。ブロークンだったり、単語の羅列だったり、それは英会話とはいえないものだったかもしれない。時には目の前にノートを置き、筆談までしていた。

 やることが減って筆者は、眠気を感じたほどだった。「樋口さん、彼が今言ったこと、正確に通訳してください。全部、聞き取れなかったのです」とまで言うので、これが同じT氏かと見なおしたほどであった。

 その日の夕方。「すごいですね。今回の技術交渉、前回とは全く違いますね」「前回の打ち合わせで、樋口さんが『回答は客に直接言ってください』と突き放したでしょう。あの時に、必死になって初めて外国人と英語で話したのです。それまでも英語での交渉は何度かあったのですが、すべて通訳に頼りっきりでした。あの直接交渉の体験で自信を持ったのです。話せば何とかなると」

 商社マンは時に、高い木の上から初めて飛ぼうとしている小鳥に対して、「手を持っていてあげますからね。大丈夫ですよ」と言ったりする。小鳥としては油断したりするが、商社マンはその隙に「ポン」と背中を押して、空中に押し出す役目を果たすのだ。1人では飛び立てなかった小鳥でも、こうして飛び始めることもある。もちろん、相手が飛べることを確信していなければ背中は押せないのだが。

 海外進出での基本はやはり語学である。

現地の言葉を学ぶ基本
1 自信を持って
2 大きく発音する
3 学んだことは復習
4 学んだ言葉は思い切って使ってみる
5 分からなければ何度でも聞き直す。場合によっては筆談も(たいていの日本人は書かれた英語をより良く理解する)
6 ほかの日本人と日本語で話さない

 日本語を使っている限り、現地の言葉をマスターするのが限りなく遅れる。英語の会話学校に入るにしても、校内では英語しか使わないという規則のところがいい。みんなが規則を守っていれば、英語力は必ず伸びる。

 学校時代に、あれほど毛嫌いしていた英語でも、対話とヒアリングという日常会話から入っていくと、意外とすんなりと使えるようになるものだ。英語をしゃべれることが自信にもつながる。ただ、語学習得は奥が深く、この小さな自信をどんどん大きくしていっても、ネイティブのようにはなかなかしゃべれない。こちらもたゆまぬ努力を続ける必要があるのだ。

今回の教訓

I can't flyな小鳥たちはぜひ商社マンとともに――。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

 1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちらアイデアマラソン研究所はこちら


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