教える前に絶対欠かせない「概念分析」とは?(後編)プロ講師に学ぶ、達人の技術を教えるためのトーク術(2/3 ページ)

» 2009年02月04日 19時39分 公開
[開米瑞浩,ITmedia]

「概念分析」=「問題解決ストーリーを作ること」ではない

 ここまで、「道路の渡り方を教える」というケースで概念分析の事例を検討してきましたが、ここで1つ注意しておきたいのは、

  • 「概念分析」とは、あらゆる概念を発見し、分析することであって、
  • 「問題解決ストーリー」だけを見つければ良いわけではない

 ということです。問題があって困ってるからそれを解決する策を見つけましょうね、というストーリーがあると教えやすいのは確かですが、それだけでいいとは思わないでください。文字通り「あらゆる」概念を発見しなければいけないのです。といっても、「あらゆる概念」と言われてもおそらく困ってしまうことでしょうから、ちょっと例を挙げてみます。

 例えば、「道路の渡り方」の話で問題点の項を見ると

  • 【問題点】道路を横断するときは、車にぶつかりやすく、危ない

 とあり、「危ない」という言葉が目を引きます。つまり、「危険性」という概念がここに含まれているわけですね。「何を分かり切ったことを」と思われるかもしれませんが、2人の人間がいれば、一方の常識が他方には通用しない、というケースは想像以上に多いのです。言わなくても分かるだろうと思えるようなことでも、概念として切り出しておく習慣をつけましょう。習慣的にやれるようにしておかないと、いざそれが必要になったときにあわててやろうとしてもできません。

 ちなみに、なぜこの「道路の渡り方」の話で「危険性」という概念が必要かというと、この話の場合、「危険性」が「問題点」の中心だからです。危険だから困るわけで、だから「安全確保」が課題になります。ということは、もし「危険性」という概念を持っていない人がいたら、そこから先は話がまったくつながらなくなってしまいますね。

 まあ、小学生ぐらいだったら、「危ないでしょ!!」で話が通じると思いますが、これが3歳ぐらいだったら、「危ないから止めなさい!!」なんて言われても、「危ないってなに?」とぽかーんとするだけでしょう。そもそも「危険」という概念を持っていない人に、「危険だから安全を確保しなきゃいけない」という議論をすすめさせるのは大変に困難です。なかなか人と話が通じない場合、このレベルの常識的な前提知識のギャップが背景にないかどうか、注意してみてください。

自分の専門分野の概念分析は意外に難しい

 実は、自分の専門分野の概念分析は意外に難しいことがあります。専門だからよく知っていると思いがちですが、そうとも限りません。専門だから見えることもあれば、逆に専門だからこそ見えないこともあります。

 どんな分野でもそうなのですが、プロフェッショナルというのは、「考えなくても身体が動く」ようになっているものです。その領域について何千時間もの豊富な経験を積み、とことん考え抜いてさらに実践を続けてきた裏付けがあるため、無意識のうちに的確な判断をしてしまえるのがプロというものです。ところが、この「考えなくても身体が動く」ところまで身につけたその経験の深さ自体が、概念分析をするときには不利に働くことがあります。端的に言うと、

  • プロの側からは、素人が何を知らないかが分からない

 ということです。下の図1にそのイメージを描いておきました。プロは知らず知らずのうちに膨大な知識量を備えているもので、たまに違う分野の人と話すと「え、こんなことも知らないの?」と驚くことがあります。

 自分の持っている知識のうち、何が通じて何が通じないのか、それを見きわめるのは非常に難しいもので、たまに自分の専門分野を素人に説明しなければいけない立場になると、いったいどこまで話せばいいのか、内容を絞り込むために大変苦労してしまうわけですね。

事例1

 ある会社で、英語のできる人を雇って海外の企業情報をまとめてもらっていたところ、「財務情報欄に、インターネットの売上は書かれているのに、総売上の記載がない」と質問された。あれっと思って調べてみたところ、「net sales」が総売上高(厳密には違うものの、近い数字が出る)であることを知らずにインターネットでの売上と思っていた。要するに英語は出来ても英文会計用語を知らなかったらしい。

事例2

 ネットワークに詳しい若い社員に、ある実験用の環境を用意させた時のこと。PC2台をLANケーブルで直結して通信できるようにしたかったのだが、機器には問題がないはずなのにどうやってもつながらない。いったいどうしてかと調べてみたところ、PCどうしを直結するにはクロスケーブルが必要であるということを知らず、ハブを介するときに使うストレートケーブルでつなごうとしていた。


 

概念分析を徹底的にやっておくと、知識ギャップを埋めやすい

 困ったことに、「自分の専門知識を素人に説明しなければいけない」機会が「たまに」どころかどんどん増えつつあるのが現代です。その流れは今後も逆転することはありえません。その必要性はますます高まっており、どの会社もそれができる人材を求めています。

 そこで必要なのが、「概念分析」です。

 概念分析をしっかりやっておくと、プロが素人に説明・教育をするときに非常に楽になります。どのぐらい楽になるかというと、所要時間が10分の1になるというのもそれほど珍しくないぐらいです。だから、概念分析をとことんやっておくべきなのですが、私は先ほど、「自分の専門分野の概念分析は意外に難しい」と書きました。では、誰がそれをできるのでしょうか?

 手前味噌ですが、私が最も得意としているのがその、

  • 専門家の代わりに、専門的な知識の概念分析をする

 という仕事です。さすがに専門家同士の議論の内容にまでは立ち入ることはできませんが、専門家が素人向けに書いた文書であれば、一度私が目を通して手を入れることで、そこに登場する概念を整理分析し、多くの場合にその文書の品質を大きく向上させることが可能です。

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