ここは歌舞伎町なんやで――私がどうして“ぼったくられた”か樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

あれは1971年の4月。商社マンになってまだ数週間のころだった。新人研修を受けていた時、先輩がたまたま同じ寮だったので、帰り道に「おごってやろう」と誘われた。

» 2009年02月19日 08時30分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 数年前から友人数名で半年に1回ほど技術懇談会と称して会食している。集まるところは新宿だったり、横浜だったりとさまざま。最新の技術を話題に食事しながら話し合う。実に楽しい時間だ。

 最近は歌舞伎町で会合した。厳密に言うと歌舞伎町には立ち入ってない。歌舞伎町の前を走る靖国通り沿いのビルで食事しただけだ。早めに現地に着いた筆者は、靖国通りから歌舞伎町を眺めているうちに38年前の貴重な体験を思い出した。「そうだ。あの時の場所だ」。歩道にはティッシュ配り、飲み屋やレストランの呼び込みが何人かいて、街灯には「ビデオカメラで監視しています」と書かれていた。

「お兄さん方、ここは歌舞伎町なんやで」

 あれは1971年の4月。商社マンになってまだ数週間のころだった。新人研修を受けていた時、先輩がたまたま同じ寮だったので、帰り道に「おごってやろう」と誘われた。誘われたのは筆者と同期の2人。先輩といっても入社数年程度だったろう。今では先輩の名前も覚えていない。

 会社帰りの新宿で食事し、何も分からない我々新人2人を連れて「じゃ、1杯だけ飲もう」と繰り出したのが歌舞伎町だった。靖国通りからそんなに離れていないところで客引きに誘われて、先輩と新人2人は地下の飲み屋に吸い込まれていった。

 今となってはどんな女性が隣に座ったかまったく覚えていないが、覚えているのは帰りのお勘定が6万円だったこと。店にいたのは1時間ほど、数本のビールを飲んだだけ、である。

 知らない間に怖い兄さんがにやにや笑って入り口に立っていた。

 筆者が「先輩、大丈夫ですか」と言ったら、「俺が誘ったんだから、俺が払う」と言い切った。先輩と新人2人を合わせても所持金は合計1万円もなかった。筆者はカードも持っていなかった頃だ。なにしろ、初任給の手取りが3万円なかったのだから、この請求金額がいかにむちゃくちゃだったわけだ。

 かすかに覚えているのは、先輩が社員証を預けて一緒に寮に戻ったこと。あまりにあんまりなので、筆者ともう1人の新人は5000円ぐらいは払ったのかもしれない。先輩は翌日には支払いに行ったらしい。当時は、警察に助けを求めることすら考えられなかった感じがする。

 「お兄さん方、ここは歌舞伎町なんやで」と怖い兄さんが言っていたのをかすかに覚えている。筆者たちの給料の2カ月分をもぎ取った悪質バー、筆者は絶対に許せなかった。

「それ他人事じゃないですよ。私も――」

 この貴重な体験は筆者に強烈なトラウマを残した。絶対にこんな馬鹿げたことに2度とお金は使うまいと誓ったものだ。それから38年間、筆者は歌舞伎町に飲むためだけには一切足を踏み入れていない。映画館には数回行った記憶はあるが。

 歌舞伎町の体験は、銀座でも、赤坂でも、新橋でも(つまり国内どこでも)、もちろん海外でも“有効”だった。とにかく女性のいるところで飲むことが嫌になってしまったのだ。


 こんな話を靖国通り沿いにある普通の料理屋で話をしたら、友人の1人が「樋口さん、それ他人事じゃないですよ。私も学生の時に、友人と何人かでここに来て、ぼられました。みんなの所持金が4万円あったので、なんとか払って我慢してもらった。それ以来、私も歌舞伎町では一切飲んでいません」

 ――そうか、歌舞伎町が教えてくれたのだ。怪しい飲み屋には「絶対に行ってはだめだ」と。お礼を言うべきなのだろうか。

今回の教訓

 怪しい○○には近づかない――。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

 1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちらアイデアマラソン研究所はこちら


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