マイケル・サンデル教授の特別講義「Justice」に出席してきたこれからの「正義」の話をしよう(2/7 ページ)

» 2010年09月16日 13時00分 公開
[吉岡綾乃,Business Media 誠]

ダフ屋は許される職業か

マイケル・サンデル教授

 サンデル教授の授業の大きな特徴は、学生と対話しながら進んでいくことにある。サンデル教授は英語で話しているが、会場には同時通訳がいるので、学生は日本語で答えても英語で答えてもいいことになっている。学生が日本語で答えた場合は、同時通訳を通して対話が進んでいくことになる。

 まず1つ目のトピックである「市場」について、サンデル教授は非常に身近な例から話を始めた。

サンデル 「私は、(大リーグの)レッドソックスが大好きです。今年は残念ながら低迷していますが、数年前にはワールドシリーズに出ました。そのときはたくさんのダフ屋がいました。彼らはどこからか現れてチケットを仕入れ、市場の何倍もの、ものすごく高い値段で売ります。私はダフ屋は嫌いですよ。でも、ダフ屋という商売が成立しているのは事実です。野球だけではありませんね。例えばマドンナやマイケル・ジャクソンのコンサートに行きたいと思う人がいれば、ダフ屋は高い値段でそのチケットを売ります。買う人がいれば取引は成立します。ダフ屋がチケットを売るのは、正しいことだと思いますか? それとも売るべきではないでしょうか? 手を挙げてください」

では医者は?

 生徒に挙手させると、ダフ屋がチケットを売ってもよいと考える人と、売るべきではないと考える人はほぼ半々。その結果を見て、サンデル教授は話を続ける。

サンデル 「ここに来る途中に聞いたのですが、今日のこの(アカデミーヒルズの聴講)チケットが、ネットオークションで売られていたそうですね! うわさでは5万円で売られていたと聞きましたよ。これには何か、いけないことがありますか?……もう少し真面目な例を挙げてみましょうか。春に私は中国に行きました。中国の大都市では、医師が不足していて、大きな病院の前には毎日長い行列ができます。これは医師に面会する順番を待つ行列で、時には数日前から並ぶ人もいます。ある人が、ホームレスを雇ってこの行列に並ばせました。ダフ屋は安い賃金をホームレスに払って行列に並ばせ、得た医師に会う権利を病人に利益を付けて売るのです」

 この行為についてどう思うか、サンデル教授は再び学生に手を挙げさせる。すると、賛成とした人はダフ屋のときよりずっと少なく、反対とした人が多かった。

 サンデル教授は、この行為を弁護する学生に手を挙げさせ、名前を名乗り意見を述べるよう促す。

ヨウスケ 「ヨウスケといいます。僕はこの行為は公正だと思います。まず、ダフ屋は最初にホームレスの賃金を払うなど、リスクを取っている。そしてそのチケットを買う人がいるということは、商売が成立しているということになります。だからこれは、公正な取引と言えます」

サンデル 「買い手と売り手、自由な合意が成り立って交換が成りたっているのだから、市場として公正であるという意見ですね。でも手を挙げた人数を見ると「そうではない、反対だ」という人のほうが多かったですね。反対の人、意見を言ってください」

キミコ 「キミコです。確かに、ダフ屋とお金を払ったお客の間では取引は成立しているということになります。でも、そのほかの人たち――例えば、貧しくてチケットを買えない人にとっては不公平ではないですか。チケットを買えない人、でも医者の診察が必要な人はどうしたら良いのでしょうか?」

サンデル 「キミコのこの意見について、ヨウスケはどう思いますか?」

ヨウスケ 「貧しい人も、長い時間行列に並べれば医者に診てもらえます。あるいは、少しのお金を払えばホームレスを雇えるかもしれない」

サンデル 「ヨウスケが言っているのは、つまり、選択の自由があるということですね。そこにこの価値があると。しかしキミコが言っているのは『貧しい人にはチケットを買うという権利がない』ということですよ?」

ヨウスケ 「貧しい人であっても、何か商売をしてお金を儲けられれば、チケットをもらえる機会はある。その点で公正だと考えます」

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