Winnyの生みの親として、また係争中の裁判で有名な金子勇氏。その彼がビジネスの世界で羽ばたこうとしている。取締役に就任した金子氏に、会社のこと、エンジニアのことを聞いた。
金子勇(いさむ)氏。Winnyの生みの親として、そしてその後のWinny裁判を通じてすっかり有名になってしまった氏だが、この7月にある会社の取締役に就任したことはあまり知られていない。その会社はSkeed――ネットワーク伝送技術を強みとしたこちらの会社にかける金子氏の思いや、今も係争中のWinny裁判について考えていることを聞いた。金子氏が考える、エンジニアの理想の職場環境の姿も垣間見えるインタビューとなった。
金子氏がWinnyを開発・公開したのは今から10年前のことだ。その3年後、つまり2004年に京都府警に逮捕・起訴されたのを覚えている読者も多いだろう。P2P技術を使ったソフトウェアを開発・公開したことが著作権侵害行為の幇助(ほうじょ)に当たるかどうかが争われ、京都地裁では有罪判決、その後2009年に大阪高裁では一転無罪判決が言い渡されている。
裁判で争いながらも、金子氏は開発の手を休めなかった。Winny自体のバージョンアップは凍結したものの「SkeedCast」と呼ばれる次世代型のP2P技術を開発し、商用化にこぎ着けている。そして、この7月にはSkeedの取締役に就任した。
金子勇氏(以下、金子) 以前の会社は、営業中心の体制となっていて、技術顧問として関わっていた私以外、技術者がほとんどいない状態でした。Skeedでは、技術者が全体のほとんど(社員13人中、金子氏を含め9人が開発担当)を占めていて「技術ドリブン」な組織となりました。わたしはその中にあって、開発チームが気持ちよく、かつトガッた仕事ができるような環境作りを目指しつつ、技術的な方針を経営計画に反映できるよう経営に参加しています。
とはいえ、経営経験がこれまで豊富にあった訳ではありませんから、正直にいえば勉強させてもらっている面も多いと思います。
金子 ドリームボートではSkeedCast、つまりその名の通りCasting(動画配信)のためのサービスを中心に展開していました。そのため、各コンテンツホルダーに対する営業に重点を置いてきたのです。利用シーンとしても、1対多であり、B2C型でした。例えば、映像配信ビジネスを行う会社が、エンドユーザーに効率よく作品を配信することを想定し、そのための配信システムとしてSkeedCastを採用していたと言えるでしょう。
Skeedでも引き続きSkeedCastは提供しつつ「SkeedSilverBullet」という大容量ファイル転送に最適化した製品を用意しています。これはSkeedCastのようなP2P配信技術を用いておらず、UDP(User Datagram Protocol、一般的なTCPと比べて音声や画像のストリーム形式での配信に向いている)と独自開発したプロトコルを組み合わせ、ファイルを高速に転送するための仕組みです。
SkeedSilverBulletを使えば、レイテンシ(通信の遅延)の多い海外とのデータのやり取りを行う場合でもその影響を受けずに、FTPに比べ10倍以上の速度で、圧倒的に早く転送完了させることができます。例えば、海外の映画会社から、日本の配給会社に劇場映画の未編集・非圧縮データを転送する場合や、開発中のオンラインゲームのデータなど、安全性と効率が求められるB2B向けに特化したサービスとも言えるでしょう。
このように「データを伝送する」という基本コンセプトは変わりませんが、内製化とリソースの強化を図った上で、P2Pにこだわらずより幅広くサービスを展開していきたいと考えています。今「クラウド」という言葉が一種ブームですが、エンドユーザーのPCも含めてデータをストレージし、伝送するという意味ではP2Pもクラウドの一種だと感じています。時代の先を行っていたと言えるかも知れません(笑)。
金子 大阪高裁の判決はもちろん良かったのですが、次は最高裁が控えています。逆転無罪となったことで、逆に安心感が出てしまうことを心配しています。P2P裁判から、現在のウイルス作成罪など、ソフトウェア開発者が開発行為そのもので罪に問われるという状況は何一つ変わっていませんから。
営業していても、技術に明るいお客さんであれば、P2Pすなわち悪、といった考え方をしない人がほとんどですが、詳しくない人は必ずしもそうではないのも事実です。
金子 その通りですね。以前はコンシューマ向けキャスティングにP2P技術を使って、その解決を図ろうとしましたが、現在はそちらも継続しつつ、企業間のデータ伝送からまず取り組んでいます。開発力を強化したのも、細かな企業ニーズに迅速に答えるためでもあります。
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