「何だよ、これも出ないや」
ナダレがボールペンで紙の上に何重も輪を描いている。インクが出ないらしい。
しばらく使っていなかったせいなのか、強く筆圧をかけてもインクは途切れ途切れにしか出てこない。どんどん紙がしわくちゃになっていくだけだ。
紙の資料の山から辛うじて顔を出しているナダレのペン立てには、ペンやら定規やら、とにかくぎっしり詰まっている。ハサミに至っては2本刺さっている。
「悪い、三崎くん、黒のボールペン貸してくれないか?」
「はい、どうぞ」
三崎は、自分のペン立てから会社で支給されている黒のボールペンを抜いてナダレに差し出した。ふと出木杉のペン立てを見ると、中には4本しか入っていない。
「なあ出木杉。お前、こんなにペンが少なくて大丈夫なのか?」
「全然問題ないよ。だいいち3本しかなければどれを使おうか迷わないし、片付ける手間もないだろ? 残りのペンは目の前から消しているんだ」
(ん? 3本? 4本あるじゃないか……)
出木杉のペン立てに刺さっているのは、ちょっと高そうな2本のボールペン、あまり見たことのない種類の蛍光ペンと、三崎も使っている会社支給のごくありふれた黒ボールペンの4本だった。
とはいっても、黒のボールペン、赤のボールペン、青のボールペンだけで3本は必要になるはずだ。マジックだって手元にほしいところだし、ラフスケッチを引くとき、鉛筆が使いたくなるときもある。大丈夫なのだろうか。
メモをとるにはペンが必要です。だからモニターの右側のアクティブゾーンにペン立てを置いて、電話しながらでもすぐに取れるように準備しているわけですが、何本もペンを立てていると、どれを使うべきか選ばなければなりません。これが、先ほど述べた個人で起こる渋滞の典型。ムダに選択肢があるわけです。
まず根本的な考え方として知っておきたいのは、誰しも利き腕は1本しかなく、ペンやハサミを2つ同時に使うことはできないという単純な事実です。
だから、同じ種類の道具をいくつも持っていることは、ただ渋滞を招くだけのムダなのです。迷う余地がないように、最低限の数の道具にしぼることがポイントになります。
「3本」しか入っていない出木杉くんのペン立ては、見事な割り切りぶりです。実際に出木杉くんのペン立ての中身はこうです。
もちろん、油性のマーカーなどを使うこともあるでしょう。ハサミやカッターも同様です。しかし通常のデスクワークにおいて、使用頻度は決して高くないはずです。ならばそうしたものは思い切って視界から消してしまい、一切ペン立てに入れず、三段引き出しの一番上に入れてしまうのです。
これで、目の前にある筆記用具は常に3本だけ。文字を書こうとする際は、何色を使おうかと選ぶ前に、間違えたときに消す必要があるかないかだけで選べばいいのです。伝票を起票したり、サインを求められたりしているのなら、消せるボールペンで書いてはいけません。しかし手帳の小さなマス目に予定を清書する場合は、消せるボールペンで書いたほうが断然便利ということになります。
もちろん、誰もが出木杉くんの選択肢を真似すればいいわけではありません。仕事の内容によっては、毎日のように4Bの鉛筆を使う人もいるでしょうし、筆ペンが欠かせない人も、ロットリングが右腕代わりの人もいるはずです。
大切なことは、何も考えずにただひたすらペン立てに突っ込むのではなく、必ず毎日使うものとたまにしか使わないものに分け、さらに1つの種類では1つの用具に絞り、ペン立てに入れるべきでないものはすべて引き出しに入れて、目の前から「消す」という考え方なのです。
繰り返しますが、単純に使っていないのなら捨てるべきだと言いたいのではありません。ただ上段の引き出しに放り込む習慣をつけてしまえばいいのです。
ところで、出木杉くんが入れていた謎の4本目のペンはなぜ必要なのか……。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.