私たちは本人にしか分からない「領域」をそれぞれが持っています。そして、その「領域」の概念をきちんと持っておかないと、自分が傷ついたり相手を傷つけたりしてしまいます。
本連載は、2014年1月25日に発売した水島広子著『対人関係療法のプロが教える 誰と一緒でも疲れない「聴き方・話し方」のコツ』(日本実業出版社刊)から一部抜粋、編集しています。
「コミュニケーション上手」というと、場を盛り上げて輪の中心になれるような人、と思いがちです。しかし、コミュニケーションとは、本来「目的に応じて相手とやりとりすること」。
そのため、「盛り上げ上手=コミュニケーション上手」と考えていては、いつまで経っても本当のコミュニケーション力は磨かれません。本書では、どんな質問がよいのか、どういうリアクションがよいのか、というスキルの話ではなく、安心して心を開ける環境をつくる方法などの「コミュニケーション上手」の本質を磨くコツを紹介します。
私たちは、それぞれに事情を抱えています。持って生まれたもの、育った環境、周りにいた人たちの性格や価値観、今までに体験してきたこと、今日の体調や機嫌など、さまざまな事情があります。これらの事情に基づいて、本人にしか分からない「領域」をそれぞれが持っています。そして、私たちが何かを考えたり感じたりするのはその「領域」の中でのことです。
自分のことについて勝手に決めつけられたりすると頭にくるのは当然のことだと言えます。それは、自分にしか分からない「領域」にずかずかと踏み込まれているということだからです。「何も分からないくせに」「言うだけなら簡単だ」「勝手に決めつけないでほしい」などという感じ方は、領域侵害に対する反応として当たり前の感じ方です。
この「領域」という概念はコミュニケーションにおいて、とても大切です。「領域」の概念をきちんと持っておかないと、自分が傷ついたり相手を傷つけたりしてしまいます。
「話す力」の基本は、「自分の領域」の中だけで話すこと。「私は」を主語にして、自分の事情や気持ちを話すのです。そうしないと、どうしても相手の「領域」に踏み込むことになり、相手に嫌な思いをさせたり、思わぬトラブルを招いたりすることになります。
また、「領域」を侵害された相手は防衛しますので、協力してもらうのが難しくなる場合も多いものです。例えば、「あなた、ゴミ出しもしてくれないの?」と言うと、相手は「自分が責められている」と感じてしまいますが、「私、今余裕がないからゴミ出ししてくれるとすごく助かるんだけど、お願いできる?」と言えば、相手が快く従ってくれる確率はぐっと高まるでしょう。相手を責めているような要素(本来すべきゴミ出しをしていない)がまったくないので、防衛したり抵抗したりする必要がないからです。
「自分の領域」の中で話している限り、めったなことでは問題が起こりません。
「私は」を主語にして話すように、と言われて抵抗を感じる人は、「自分の話ばかりして、自己中心的だと思われるのではないだろうか」ということを心配しているのかもしれません。そして、「自分よりも相手」と思って、相手に質問したり相手の話をしたりすることが礼儀だと思っている人もいるでしょう。しかし、単に相手に質問をしていくと「うるさい詮索」ととられる場合もあります。「一体何のためにこんな質問をするの?」と警戒する人もいるかもしれません。
同じく質問をするのでも、「私は○○にとても興味があるのでうかがいたいのですが」などと質問の前提を明らかにすれば、相手も安心するでしょう。これは、「コミュニケーションの目的を明らかにしている」と同時に、「自分の領域に留まったまま話している」ということでもあるのです。相手の敷地内をやたらと嗅ぎ回っているわけではなく、「自分の領域」から知りたいことを尋ねている、という形は、まさに「人と人とのやりとり」ということになります。
「自分の領域の中で話す」ということは、「相手の領域」を侵害しないというだけでなく、「自分の領域」に責任を持つということでもあります。「自分の領域」のことを知っているのは自分だけです。そこに責任を持って初めて、コミュニケーションのバランスが取れます。ですから、何も話さず、顔色を読んでほしいというような態度を取っていると、「領域」意識のない関係になってしまい、いろいろなトラブルにつながっていきます。
相手のためを思って注意やアドバイスをしているのに、「おせっかい」「口うるさい」と陰で言われてしまっているよう。何がいけないのだろうか?
相手の話を聴いていると、ついアドバイスをしたくなる人もいるでしょう。しかし、アドバイスが人を傷つけることは案外多いものです。「大した事情も知らないくせにどうして偉そうなことを言うの?」「そんなこと、できるならとっくにやっている」と直接傷つく人もいますし、アドバイスされた通りにできない自分を責めてしまう、という人もいます。
アドバイスが人を傷つけるのは、当然のことだと言えます。そもそもアドバイスは「相手の領域」に踏み込む行為だというだけでも問題なのですが、さらに、「あなたのここがダメだから、こう直したら?」という、現状否定のニュアンスが必ずあるからです。ですから、自分のデリケートな部分をたくさんさらけ出したときほど、アドバイスによる傷も大きくなります。
また、人間は否定的なことを言われると、自分を守ろうとする意識が働きます。そのため、アドバイスの内容は適切であっても、まずは抵抗を感じてしまい、素直に心に入っていかないことが多いのです。適切な内容のアドバイスであっても、「よくよく考えたら、あの人が言ってくれたことは正しかったのかもしれない」と受け入れられるようになるには、ある程度の時間がかかることが普通です。自己否定されたという衝撃から立ち直るまでの時間がそれだけ必要なのだと考えると分かりやすいでしょう。
ただし、「よいアドバイス」としてすんなり受け入れられるものもあります。それは本人が求めていた情報をきちんと提供しているときです。本人の心の準備ができているときには、もちろんそこに現状否定的な要素はありません。「その情報を求めている」という現状を肯定してもらった上で、有益な情報を得ることができるからです。
「私が今、必要としている情報はこういうことなのだけれど、教えてくれる?」と言われたときに教えてあげるのは、相手の領域に踏み込むことではない、普通の親切ですね。例えば、駅までの道を聞かれて答えるようなものです。
なお、自分の悩みを話してみたいけれども、きついアドバイスを受けて傷つくのが怖い、という人は、話し始めるときに「アドバイスはなしで、ただ聴いてくれる?」と言ってみるのもよいと思います。人は案外、「どうアドバイスしてあげたらよいだろう」ということに頭を悩ませているもの。「ただ聴いてあげればいいんだ」と思うだけでホッとする人も少なくないのです。
あるいは、「アドバイスはいらない」という否定的なトーンが気になる人は、「私が言うことがどれほど間違っていると思っても、最後に『それでいいんだよ』と言ってくれる? 何だか私、今そういう励ましが必要みたいなの」などと冗談めかして言うのも1つの手です。これは、相手に自分の期待を伝える立派なコミュニケーションとなります。
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