行動を起こす前の「理由」を説明していますか?:説明書を書く悩み解決相談室
今回は説明書を書く必要があるシチュエーションとして「新しいものが生まれたとき」を題材に分かりやすい説明書の書き方を解説します。
アイデアクラフト・開米瑞浩の「説明書を書く悩み解決相談室」第31回です!
何かの必要に迫られて「説明書を書く」という場面にもいろいろありますが、1つよくあるシチュエーションは、「新しいものが生まれたとき」です。そこで今回はこんな文を題材に考えてみましょう。
アジャイルソフトウェア開発(アジャイルソフトウェアかいはつ、英: agile software development)は、ソフトウェア工学において迅速かつ適応的にソフトウェア開発を行う軽量な開発手法群の総称である。近年、アジャイルソフトウェア開発手法が数多く考案されている。ソフトウェア開発で実際に採用される事例も少しずつではあるが増えつつある。アジャイルソフトウェア開発手法の例としては、エクストリームプログラミング(XP)などがある。
出典:Wikipedia日本語版「アジャイルソフトウェア開発」の項、最終更新2012年3月8日(木)09:59
ソフトウェア業界の人でもない限り、この文面には何だかよく分からない印象を受けるのではないでしょうか。「アジャイルソフトウェア開発」とか「ソフトウェア工学」「エクストリームプログラミング」など、片仮名の専門用語が多い文章はどうしても理解されにくいものです。
では逆に今度はこんな文を読んでみましょう。
(a)道路を歩いていた男が、急に傘を開いた
たった1行の極めて短い文で、専門知識も何も必要としない内容です。これを分かりにくいと感じる人は誰もいないでしょう。でもこれだけだと、例えば次のような質問には答えられません。
(b)その男はどうして傘を開いたんですか?
(a)の文は、「傘を開いた」という事実は語っていますが、その理由については何も書いていないので答えようがありません。「そりゃ、雨が降ってきたんだろ?」というのは早計です。例えば次の3つはいずれもありうる理由です。
(c-1)雲が切れて強烈な日差しが照りつけてきたので
(c-2)大粒の雨が降り出したので
(c-3)傘が壊れかけていることを急に思い出して確認したくなったので
人が「新しい行動」を起こすときには、その前に「理由」が存在するのが普通です。その場合のよくあるパターンの1つが「過去の出来事」→「問題意識」→「新たな行動」の3点セットです。この一連のストーリーを書いておかないと、なかなかピンと来ないんですね。
過去の経緯を補って説明を分かりやすく
実は今回の課題例文であるアジャイルソフトウェア開発の説明文もそれに近いものがありました。新しいアジャイル手法の説明だけで、「その前はどんな問題が起きていたのか?」という情報が無いため、過去の経緯を知るソフトウェア業界の人なら推測できても、知識の乏しい人には恐らく通じないのです。
そこで、試しに私がその「過去の経緯」を補い、構造化して図解してみせるとこのようになります。
「問題点」の欄に注目してください。「開発期間の長期化」と「仕様の硬直性」、この2つはソフトウェア業界の人間でなくても分かりますね。そしてそれが「迅速さ」と「適応性」という要求につながる、と言われれば、「適応性」という、分かるようで分かりにくい用語もイメージがつかめるはずです。
以上、今回は「過去の出来事→問題意識→新たな行動」というパターンでした。このパターンはビジネス文書、特に新たな企画を立てる場面ではよく使われます。「新たな行動」は大抵何かの「問題」を解決するために提案されるし、問題にはその背景となった「過去の出来事や状態」があるからです。この3点セットは一連のストーリーが見えるように書くのが基本です。
当連載では、「分かりにくい説明書を改善したい」という相談を歓迎しております。「改善案のヒントがほしい」という例文があれば遠慮無く開米へお送りください(ask@ideacraft.jp )。今回のような連載での紹介は、許諾をいただいた場合のみ、必要に応じて内容を適宜編集したうえで行います。
当記事についてのご意見ご感想ご質問等は「twitter:@kmic67」宛でも受け付けております。中には記事では書ききれない情報もあります。物足りなく思った時はぜひ「twitter:@kmic67」宛に質問を飛ばしてみてください。
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筆者:開米瑞浩(かいまい みずひろ)
IT技術者の業務経験を通して「読解力・図解力」スキルの再教育の必要性を認識し、2003年からその著述・教育業務を開始。2008年は、「専門知識を教える技術」をメインテーマにして研修・コンサルティングを実施中。近著に『ITの専門知識を素人に教える技』、
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