環境保護活動とビジネスは共存できる――パタゴニアの辻井隆行支社長(3/6 ページ)

» 2015年12月03日 08時00分 公開

ビジネスと環境保護をどう両立させるのか?

辻井: ピトンからチョックへの転換もそうですし、コンベンショナルコットンからオーガニックへの切り替えも、自分たちが正しいと思うことを突き詰めた結果ですね。ダウンも生きたままの水鳥から毛を取る、ライブプラッキングという方法が一般化しています。水鳥は血まみれになってしまうんですが、コストだけ考えれば効率は良い。僕らは、それは生命に対して正しい振る舞いではない、あるいはビジネスとしても持続可能な方法ではない、と考えたので、食料として命をいただいた鳥だけから羽を取る、副産物としての羽毛を調達する工程を2年以上かけて開発しました。

 でも徹底的に環境負荷を減らすっていうことと、ビジネスが相対するものだと言う風には思っていません。矛盾はするんです。実際、デザイナーや資材調達の担当者は、安くて品質も高いけれど環境負荷が少しだけ高い素材と、環境には優しいけれど品質が少しだけ劣るものがあった場合には、どちらにするか頭を悩ませたりしています。

永井: そういった場合、どちらが採用されるんですか?

辻井: ケースバイケースです。例えば、現在市場に出回っている防水ジャケットの表面の撥水加工には、加工の過程で、微量とは言え環境ホルモンの疑いのある物質の使用を排除しきれていないという現実があります。一方、環境負荷は低いけれども2回着たら水が染みるような素材だと、結局役に立たないし、ゴミになってしまう。じゃあ、どっちが良いのか? 顧客でもあるわれわれ自身にとって今「最高の製品」はどちらか? そういう議論を重ねることになるんだと思います。

 先ほど触れた「コンベンショナルコットン」対「オーガニックコットン」の比較であれば、価格は安いけれど殺虫剤や農薬を大量に使用して造られたコンベンショナルなTシャツを毎年買って捨てるよりも、オーガニックな素材で造られたTシャツを5年着た方が良いはずだという考え方に立っています。そのことが、過酷なコットン栽培の現場を救うことになるはずです。

パタゴニアのミッション・ステートメント

 最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する。

パタゴニアの4つのコアバリュー

Quality(質):すべてに関して最高の質を追求する

Integrity(インテグリティ):誠実な一貫性を持って全ての活動を行う

Environmentalism(環境主義):個人でも会社としても環境活動を促進する

Not Bound by Convention(慣例にとらわれない):これまでのしきたりにこだわらない


 議論の際には、お話ししてきたようなパタゴニアのミッション・ステートメントとコアバリューに立ち返って考えるようにしていますね。例えば環境を意識するというのはもちろんなのですが、インテグリティ=一貫性を重視する立場からは、お客さまと取引先に同じように説明ができているかどうか、あるいは慣例にとらわれないことを重視する視点から、これまでの成功体験に縛られていないか、といったポイントを考えるようにしています。

 ここでももちろん、試行錯誤の上の失敗はあります。私たちの理念と合致していると思って組み上げたウール素材のサプライチェーンが、製品を発売してから、そうではない事実が発覚して、その農場との契約を解除するという憂き目にあったりもしました。

永井: 経営的には大打撃ですね。

辻井: 大打撃です。僕たちはまだグローバルのセールスが800億円程度の規模で経営していますので、自社工場を持っていません。結果、サプライチェーンはとても複雑なものになります。例えば先ほどの水鳥の話だと、その卵の生産業者までは7つの会社が存在していて、100%追い切ることは非常に難しいんです。1つ1つの事業者、工場を訪ね、薬品の取扱いや労働環境の改善を働きかけつつ、試行錯誤の積み重ねで、関係を構築していくしかないと考えています。

永井: へー! でも、まさに一見「非合理」な経営判断ですよね。

辻井: こうすればいつもうまくいく、という成功の法則みたいなものはないけれど、鍵を握るのはいつも「想像力」だと思うんです。店頭はきれいに飾られ、モデルによる派手な発表会があるファッション業界――でも、カーテンを1枚めくれば過酷な生産の現場がある。それは、開示されるべきだし、一方で消費者もそうしたことを想像する力が求められる。カーテンの向こう側にある「環境と人権」に誠実に向き合うことは僕たちの事業にとってとても大切な柱であることは間違いありません。

 今の常識では、まさに非合理なことかもしれません。環境へのインパクトを抑え、生産者の生活を改善しようとするとコストは当然上がりますから。でもサプライチェーンを隅々まで見ていけば、今主流となっているコンベンショナルな製品に対して、誰が何に対してコストを支払っているのか、冷静に考えなければならない時期に来ているのだと思います。実際、他社がパタゴニアにどうやってそれを実現しているのか、尋ねに来ることも増えてきました。

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