会社勤めをやめ、カフェを開く意味人と人、人と街をつなぐカフェ(4/4 ページ)

» 2016年01月23日 08時00分 公開
[川口葉子ITmedia]
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積極的に集客しなかったことが功を奏す

 駅の近くとはいえ人通りの少ない立地に、庶民的な住宅街には珍しいシンプルで洗練された外観。日ごろからカフェのアンテナを張っている人でなければ気が付かずに通り過ぎてしまいそうな佇まいだ。

内山道広さん 内山道広さん

 当然のことながら、ふらりと店内に入って来る人はほとんどいない。開業から半年ほどはお客が少なく、経営的に苦しい日々が続いたという。だが、あえて幅広い集客をしようとはしなかった。万人に訪れてほしいわけではなく、同じ価値観をゆるやかに共有する人々にくつろいでほしいと考えていたからだ。

 「前職では店長として系列店のオープニングに5回ほど携り、積極的に多数集客することを命じられました。すると結果的にスタッフのオペレーションも客層もぐちゃぐちゃに崩れてしまう。一度そうなったものを建て直すのは難しいんです」

 苦しい時期の救いは、来店した人の大半がリピーターになったという事実だった。一度でもコーヒーと店内に流れる時間を味わってもらえれば、必ずまた来店してくれる。そんな手応えに支えられているうちに少しずつお店の魅力が人から人へと伝わり始めて、現在では熱い常連客を獲得しているのだ。

 開業から現在に至る約2年半の日々を通して、お客との交流の質が上がったという内山さん。雇われ時代も接客を重視して積極的に会話を交わしてきたが、その場限りのやりとりにとどまっていた。自店では日をまたいで一歩踏み込んだ会話が続き、一杯のコーヒーと言葉を通して、お店が常連客の生活のリズムの一部として組み込まれていることが実感できる。

カフェは小さな街灯

 常連客たちは1 ROOM COFFEEのどこに魅力を感じているのだろうか。

 このお店でコーヒーショップ巡りの楽しさに開眼したという20代の男性は、都内の数々の店を新規開拓した現在も変わらずに1 ROOM COFFEEをホームグラウンドと決めて毎日のように通い続けている。

 「ここは自宅よりも落ち着ける空間。内山さんの記憶力はすごくて、一度お店に行っただけで顔をしっかり覚えていた。お客の身になって考えてくれるのが自然に伝わってきて、この人が提供するものなら間違いないという信頼感がある。タイミングを見計らって人と人を結び付けてくれるので友人が増えた」

 週に2回訪れる30代の女性客はこう語る。

 「ローカルなお店は常連と店主の内輪感が出てしまいがちだが、内山さんは一対一で話している間も他のお客に気を配っているので、自分が話の輪に入っていなくても疎外感がない。内山さんの話の振り方が上手で、いつのまにか全員で会話していることもある。通っているうちに友だちが何人もできた」

 また、乳幼児を抱える女性たちは、子どもが眠っている間に「15分だけでもいいから癒しの空間にいたい」という切実な思いを抱えて来店。何気ない表情をしているがセンスの良いもの、丁寧に作ったおいしいものが並ぶこの店の空間に座って静かな時間を過ごしている。

 閉店後に内山さんは店内の明かりを1つだけ灯したまま帰るという。たとえお店が閉まっていても、暗い夜道に1 ROOM COFFEEの柔らかな光がこぼれているのを見るとほっとする。そう言ってくれる人々のために。人と人、人と街をつなぐカフェは、街の小さな街灯であり、東京にはそんな街灯が幾つも灯されているのだ。

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著者プロフィール

川口葉子(かわぐち ようこ)

ライター、喫茶写真家。著書に『東京カフェ散歩 観光と日常』『京都カフェ散歩 喫茶都市をめぐる』(祥伝社)、『街角にパンとコーヒー』『東京の喫茶店 琥珀色のしずく77滴』(実業之日本社)他多数。雑誌、Web等でカフェやコーヒー特集の監修、記事執筆多数。Webサイト『東京カフェマニア』主宰。



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