ミャンマーの「女帝」アウンサンスーチーはなぜ嫌われるのか世界を読み解くニュース・サロン(5/5 ページ)

» 2016年04月07日 08時00分 公開
[山田敏弘ITmedia]
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スーチーの冷酷なまでの「強さ」

 まだミャンマーが軍事政権時代に、著者はスーチーの元側近に話を聞いたことがある。この人物は、スーチーについて次のように述べた。軍事政権下のミャンマーは欧米からの経済制裁によって、国民は非常に貧しい生活を送っていた。スーチーは、経済制裁が強化されることで本当に苦しむのは国民だと分かっていながら、欧米政府関係者と接触するたびに、軍事政権を弱体化させる目的で経済制裁をどんどん強化するよう強く主張し続けたという。この人物は何度かスーチーに直接、制裁は国民が苦しむだけだと訴えたというが、スーチーは頑として自らの主張を変えなかった。

 このエピソードからは、民主活動家であるスーチーの冷酷なまでの「強さ」が垣間見られる。軍事政権を倒すために、ある程度の犠牲はいとわないとの意思を貫ける「強さ」だ。ただ今後さらに民主化が進むミャンマーでこの「強さ」がどう作用するのかは見ものである。政府の要職を独占してすでに国内からも苦言が聞こえているが、彼女に対する国民の目はこれまで以上厳しくなるだろう。

 いうまでもないが、スーチーは偉大な民主活動家である。彼女の「強さ」がなければ、ミャンマーが軍事独裁政権から民政移管し、民主化を掲げる彼女の政党が勝利し、2016年に54年ぶりの文民政権が誕生することはなかっただろう。数々の苦境にありながら、自らの生活を犠牲にして民主化を訴え続けてきた彼女の活動は賞賛に価するだろう。それが分かっているだけに、一部の人たちにとって、人種問題発言の失望は大きいのかもしれない。

 著者にスーチーのイメージを聞いたインド人には、前出のBBCとのインタビューを見るよう勧め、スーチーがイスラム教徒をどう扱うのかは政権が本格的に動き始めてからの動きを見るまで待ってもいいのではないか、と伝えた。

 というのも、前出のBBCとのインタビューで当時野党のいち議員だったスーチーは、ロヒンギャ族の問題について、当時のテイン・セイン政権に状況の改善策を示す責任があるとも述べている。つまりロヒンギャの問題にどう対処するのかという方針を示すのは政権の責任だとして、自らの意見を明言するのを避けたのである。

 そんなスーチーが今、与党の頂点に上り詰めた。NLD政権の頂点から自分がすべての政策決定を下すと宣言しているスーチーにもう逃げ場はない。今度は彼女が、人種問題に向けた方策を示す時だ。

 「ノーベル賞剥奪せよ」とキャンペーンをするのは、それを見てからでも遅くない。

筆者プロフィール:

山田敏弘

 ノンフィクション作家・ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト研究員を経てフリーに。

 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)がある。


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