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» 2016年05月25日 08時00分 公開

高橋利幸が「高橋名人」になった日高橋名人が語る(2/7 ページ)

[高橋名人ITmedia]

ハドソンの第3弾ゲーム

 前回書いたように、ハドソンは1984年7月に発売したファミコンソフト「ロードランナー」と「ナッツ&ミルク」で、大成功を収めました。

 そこで、第3弾のゲームの発売を目指したわけです。いろいろな意見が出ましたが、ロードランナーが成功したのだから、同じブローダーバンド社の製品がいいのではないか、それならば、ロードランナーも入っている「バンゲリング帝国三部作」の残り2作のどちらかにしようということになり、「バンゲリングベイ」が選ばれたのです(もう1つの作品は「チョップリフター」)。

『バンゲリングベイ』(ハドソン) 『バンゲリングベイ』(ハドソン)

 このゲームでプレイヤーが操るのはヘリコプターです。画面の上下左右へと飛ばすのには、そのまま十字ボタンの上下左右を押せばいいのですが、それでは画面を縦横無尽に飛ばすと不自然な動きになってしまいます。

 そこで操縦をラジコンの操作と同じにしました。ヘリコプターが上に進むときには、右を押せば右に旋回します。しかし、下向き(ラジコンがこちらに向かっているとき)で右旋回させるには、左を押さなければいけません。

 今でこそゲーム性が見直されていますが、当時はまだラジコンが高価であり、小学生では経験者が少なかったこともあって、バンゲリングベイの操作は難しく、その当時の評価は、残念ながら高くありませんでした。

予算ほぼゼロの中……

 その次の4作目に控えていたのが「チャンピオンシップロードランナー」です。これはPC版ロードランナーにもあったエディットモードで、世界中のロードランナーフリークたちが作った、高難易度のステージ集です。

『チャンピオンシップロードランナー』(ハドソン) 『チャンピオンシップロードランナー』(ハドソン)

 ロードランナー初心者であれば、まず解くことができないゲームでしたが、狙いがありました。ゲームがうまい人のプレイを見て、子どもたちが「自分もやってみたい」と感化されるのではということです。直前に発売したバンゲリング・ベイの人気が、それほど上がらなかったこともあり、2作品続けての失敗は絶対に避けなければならなかったのです。一か八かの勝負でした。

 そこでハドソンとしては、実際にこのチャンピオンシップのゲーム画面を見た子どもたちの反応を知りたかったのです。ちょうどコロコロコミックも、「ゲームセンターあらし」や「ファミコンロッキー」という漫画が人気で、実際にファミコン画面を見ている子どもたちの顔を見てみたかったというので、85年3月下旬に開催されるまんがまつりでのファミコンステージが決定したのです。

 この当時、ハドソンの宣伝部でファミコン担当は私一人だったため、そのステージは一任となりました。

 通常の宣伝活動の場合では、予算をもらって、有名人に出演交渉を行い、ゲームを練習してもらって、イベントを開催するという段取りですが、私に一任されたときには、そのステージで使うゲームが「チャンピオンシップ」で、予算はほぼゼロということだけが決まっていました。

 どのようにステージを企画すのかについては、私が決めなければなりません。また、予算もないので、誰かにお願いすることもできず、自分がステージに立つしか選択肢がないということも自覚しました(笑)。

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