これから起こる「トランプリスク」とはマネーの達人(4/6 ページ)

» 2016年12月12日 15時15分 公開
[原彰宏マネーの達人]
マネーの達人

トランプ氏が大統領に就任したらどうなる?

 米国の製造業に従事している人たちは「自分たちの仕事環境を脅かすのは移民の人たちだ」と断言しています。選挙期間中にも「雇用機会の喪失」という言葉がよく出てきました。

 トランプ氏も「メキシコからの移民が米国人の職を奪う」と豪語していました。中でも印象的だったのは「メキシコ国境に万里の長城のような壁を造る」という発言でした。これはまさに、トランプ氏を支えてきた中間層・低所得者層が叫びたかったことなのでしょう。

 これに関しては、トランプ氏は一貫して、クリントン氏の夫であるビル・クリントン氏が締結したNAFTA(北米自由貿易協定)を諸悪の根源と批判していました。NAFTAはカナダ、米国、メキシコとの間で締結されたもので、ヒトやモノの流れを自由にしようという協定で、トランプ氏はNAFTAの締結によって米国の職がメキシコに流出したと主張していました。この撤廃を訴えると同時に、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)も米国人の職を奪うものとして、白紙撤回することも主張していました。

 その主張が意味することは、これまで世界が推進してきた多国間主義(マルチラテラリズム)の終わりではとも言われています。多国間主義とは、貿易においては2国間ではなく世界全体との関係として問題を捉えるべきだとする考え方です。

 自由・多角的・無差別な貿易を目指したGATT(関税貿易一般協定)およびWTO(世界貿易機関)の大きな目標の1つでもあります。政治・経済の国際的な相互依存が広まるなかで強調されてきた考えですが、トランプ氏は「米国ファースト(自国利益優先)」の立場から、多国間協議より2国間協議のFTA(自由貿易協定)のほうが、自国の都合を押し付けやすい、交渉しやすいと考えているようです。

TPPに関する日本の事情

 ここで、TPPに関する日本の事情についてお話しましょう。安倍総理は、TPP批准になぜここまでこだわるのでしょうか。

 国際会議の場で安倍総理は、「アベノミクスにとってTPPは一丁目一番地の重要課題」だと表現してきました。つまりそれは「TPPなくしてアベノミクスはない」ということにほかなりません。

 アベノミクスは大胆な金融政策、機動的な財政出動、そして民間需要を喚起する成長戦略という三本の矢で構成されています。特に重要なのが、成長戦略です。

「官僚の壁」が何度も日本の成長戦略を阻んできた

 歴代政権は、何度も成長戦略を旗印に掲げて構造改革を進めようとしましたが、官僚の壁に阻まれて挫折しています。ご存じの通り、日銀の金融政策には限りがあり、財政出動するにも財源の問題が付きまといます。日本の産業構造を変えて海外投資を促すには、なんと言っても日本の産業そのものの構造改革、つまりはさまざまな規制を緩和しなければなりません。

 しかし、規制があるから官僚の天下り先となる機関を必要とし、またさまざまな利権を生みだすこともあり、官僚天国の日本では規制緩和が進まない要因と言われています。

TPP締結により、強制的に日本の規制緩和は進む

 TPPにはISD条項というのがあります。不平等な状態が維持された環境が放置されることで海外投資家が不利益を被れば、投資家が国を相手に訴訟を起こすことができるという内容のものです。平たく言えば、「株式会社がある業界に国有企業があれば、不平等な競争になる」という論理です。例えば、金融業界の郵政や賃貸業のUR事業、介護事業の特養などがそうです。

 TPP締結によって強制的に日本の規制緩和は進むということです。それゆえTPPは、アベノミクスにとってはとても重要なアイテムになります。世界の首脳に先駆けて、安倍総理がまだ大統領に就任していないトランプ氏に会いに行った事情が垣間見えます。

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