地域医療の「脱中央集権化」欧州では議論進む(6/7 ページ)

» 2017年12月07日 06時00分 公開
[三原岳ニッセイ基礎研究所]
ニッセイ基礎研究所

住民を含めた幅広い関係者の参加

 最後に、(3)の住民を含めた幅広い関係者の参加である。医療政策での「住民」とは医療サービスを利用する患者、費用を負担する納税者、被保険者などさまざまな側面があるが、ここでは患者に限定して考えよう。

 医療の場合、患者―医師の間では情報格差が大きく、患者はニーズの発生も予想できないため、(1)選択を求められていることや選択の余地があることが不明確、(2)決断を下すのは誰かあいまいにされている、(3)判断に関係する情報が医師によってコントロールされている――などの理由で、患者が治療方法を選ぶことが難しいとされてきた(※13)。

 しかし、以前に比べると、患者〜医師の情報格差は改善している。第1に、情報通信技術の発達を受けて、患者がさまざまな医療情報に触れる機会が増えた。

 第2に、公衆衛生の発達や栄養環境の改善、人口高齢化を受けた疾病構造の変化である。具体的には、感染症対策や急性期疾患に対するニーズが減った一方、生活習慣病など慢性疾患の患者が増加したことが挙げられる。この結果、急性期疾患の場合、患者が病気になった瞬間、治療方針を決定しにくいが、慢性疾患は完全な回復が難しく、患者は病気と向き合い、生活に照らし合わせて治療法を選択することが必要となり、個人にとって健康は単に「病気のない状態」ではなく、「各個人が自分のために立てた目標に到達に一番適した状態」となった(※14)。

 言い換えると、「病気と折り合いを付けつつ、どう生きるか」が求められるため、治療を受けない選択も含め、患者が治療方針を自己決定できる余地は以前よりも大きくなっている。

 こうした中で、患者と医師の関係性は変容を迫られる。医師などの専門職が治療方針やケアの内容を一方的に決定するのではなく、素人である患者の経験などをベースにしつつ、患者と専門職が生活やニーズに沿って治療方針やケアの内容を決定することが必要になる(※15)。いわば素人である患者の経験や語りが重要性を帯びると言える(※16)。

※13 George J. Annas(1989)“The Rights of Patients”[上原鳴夫・赤津晴子訳(1992)『患者の権利』日本評論社]。さらに、医療社会学の領域では情報の非対称性が大きい点などに着目し、絶対的な権限を持つ医師が患者を統制する「専門家支配」や医療化、医原病の危険性が指摘されてきた。 Ivan Illich(1976)“Limits to medicine”[金子嗣郎訳(1979)『脱病院化社会』晶文社]を参照。

※14 Rene Dubos(1959)“Mirage of Health”[田多井吉之介(1977)『健康という幻想』紀伊國屋書店]pp208-210。

※15 このプロセスは「意思決定支援(shared decision making)」と呼ばれる。

※16 医療人類学の領域でも患者の訴えや語りが重視されている。Arthur Kleinman、江口重幸、皆藤章編監訳(2015)『ケアすることの意味』誠信書房、Arthur Kleinman(1988)“The Illness Narratives”[江口重幸・五木田紳・上野豪志訳(1996)『病の語り』誠信書房]を参照。

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