そんな前提があるから、社員は動けた。まず、ウール専用洗剤を使わなくても洗える生地をつくった。ここは湖中氏によれば「特に苦労せずにできたはず」らしい。また、ウールにパーマをかける要領で、復元性を持たせる技術も既にあった。
ただし、このまま洗うと、スーツの形が崩れてしまう。スーツがシャツと違って肩から胸、裾にかけて立体的なラインを保っているのは、ウールと裏地の間に、キャンバス・フェルトなどでできた“芯地”があるから。ところが水に浸すと、素材によって収縮率、膨潤率がバラバラだから形が崩れる。また、縫製の多くは機械が猛スピードで、テンションをかけながら行う。一度型崩れしたら、きっちり縫ってあるから元に戻らない。
と、ここで開発者は試してみた。もし生地をゆっくり、テンションをかけずに縫ったなら?
「もし縫い目をゆるゆるにすれば、原理的には、洗濯でクシャッとした生地が乾燥の過程で元に戻るはずです。しかし見た目に違和感があっては意味がありません。そこで、当社の社員がインドの工場で『これくらいなら? これくらいなら?』と試していくうち、実際にちょうどいいテンションのかけ方が見つかってしまったんです。私も最初は信じられず、海外の工場から届いた試作品を洗濯してみましたよ」
ドラム式洗濯乾燥機の前に陣取って、1時間半くらい、どうなるかを見ていた。まず、脱水を終えた時点で、スーツはクシャッとしていた。しかし乾燥が始まると、だんだんシワが伸びてくる。湖中氏の冷静な口調のなかに、少し痛快さがみてとれた。
「おもしろかったですよ。ずっと、誰もつくれなかった夢のスーツができちゃったんですから。もちろん、通常のスーツと風合いは同じで、何度洗っても機能は落ちません。ただ、ご購入は急いでいただきたいですね。縫製に時間がかかるため、2万着しか仕入れられなかったんです。いま、ウチの店の店長たちが奪い合いをしてますよ(笑)」
歴史上、大発明に成功した人物の多くは、エジソンなど、ちょっと変わった人間だと伝わっている。もちろん湖中氏は、彼一人の力で「洗濯機で洗えるスーツ」を発明したわけではない。しかし現在はスマホのように、世界中の技術を集めて何かを創り出す時代だから、彼の功績は評価されていいだろう。
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