こういうイタい勘違いをしている人たちが、部族の生活にドカドカと土足で踏み込んで、「いやあ、太古のままの暮らしですね」と驚き、ニカウさんが文明社会で巻き起こすトラブルに腹を抱えて笑い、人を殺して食べる部族の姿に震えていたのである。
この好奇心の根っこの部分にどういう感情があったのかは推して知るべしだろう。
前出、拙著のなかでも詳しく考察しているが数年前まで、外国人に日本文化を見せて驚かせたり、褒め称えさせる「愛国バラエティ番組」が席巻していた。それが下火になってきて入れ替わるように、部族バラエティが急増している。この自画自賛からの部族推しという流れは、日本全体をバブルという乱痴気騒ぎに突入させた「勘違いコース」と丸かぶりである。
もちろん、愛国番組をつくっていたテレビマンたちが国粋主義者でなく、ごく普通のクリエイターだったことからも分かるように、やっている側に、日本人を勘違いさせようなどという意図はない。今回の部族推しのトレンドも業界の人に言わせれば、こんな理由が挙げられる。
(1)ナスDの二匹目のドジョウ狙いで数字(視聴率)がとれる
(2)人気タレントがロケをしなくても成立するので人件費が抑えられる
(3)渡航先によっては取材費が国内よりも安あがりで済む
(4)取材した人たちからの抗議・トラブルがない
何かにつけて炎上・謝罪の世の中で、実はテレビ制作の現場も「コンプラ」が叫ばれている。合意のもとで撮影をしてもオンエアで「あんな風に紹介されるとは思わなかった」とクレームが入り、SNSで拡散される。その点、遠く離れた異国の部族民が相手ならば、「演出」の名のもとで多少話を盛っても、わざわざ日本までクレームを入れることもない。視聴率だ、制作費削減だ、BPO(放送倫理・番組向上機構)だ、とさまざまな制約に縛られるテレビマンたちにとって、好き勝手に扱える「未開の部族」は最後の楽園ともいう存在なのだ。
こういう大人の事情はよく分かる。だが、それでも筆者が昨今の風潮と昭和の部族ブームを重ねてしまうのは、いまの日本人が30年前と同じポイントに食いつき、同じツボで笑っているからだ。
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