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» 2018年08月22日 07時00分 公開

小売・流通アナリストの視点:ウォルマートの日本撤退から東京一極集中を批判する (2/4)

[中井彰人,ITmedia]

鉄道グループの戦略

 セゾングループが、元々は西武鉄道グループを基盤としていたように、戦後の日本では鉄道グループを中心とした、企業グループがいくつも誕生した。

 元祖は言わずと知れた小林一三を創業者とする阪急グループである。大阪の中心部から郊外に向かって鉄道を敷き、その沿線に住環境の整った郊外住宅を開発、終点には宝塚歌劇のような行楽施設を作って、電車に乗る目的を創出するという、鉄道グループの基本的ビジネスモデルを確立した。

 その模倣者として関東では東急グループ、西武グループが成長したわけだが、これ以外でも民鉄各社のビジネスモデルは、ほとんど大差はない。大都市から郊外に向けた路線の周辺地を住宅開発して、自らの乗客を誘致し、その生活に関する消費を取り込んでグループのビジネス(不動産開発、百貨店、スーパー、外食、各種専門店など)を拡大するというものだ。

 これが、大都市から郊外に市街地が拡大し、消費も拡大する昭和の時代では面白いように成功した。西友はこうした、鉄道発祥型スーパー最大の成功者であり、かつてはダイエーに次ぐ国内第2位のスーパーとして定位置を保っていたほどだ。

 しかしながら、右肩上がりの経済成長時代に成長した鉄道系スーパーは、2000年代に入るとほとんどが経営不振に苦しみ、スリム化して再出発することになった。こうした波の中で大きくなりすぎて自主再建できなかったのが西友なのだ。西友以外でも、東急ストア、東武ストア、相鉄ローゼンなどは規模を縮小、名鉄ストアーは地場スーパーに売却された。

 鉄道系のスーパーがなぜ苦しんでいたかといえば、自社沿線以外の地域や鉄道沿線以外の地域にも出店エリアを拡大していたことが最大の原因である。こうした鉄道などのスーパー子会社は、環境がいい時代には成長したが、その成功の理由を、自社の品ぞろえやサービスが消費者に受け入れられているのだと勘違いした。

 たまたま沿線住民であれば鉄道ブランドは信頼や親和性が高いが、非沿線に行くとその神通力は通用しない。その上、「値段が高いし、品質も大したことないけど、駅前にあるから仕方なく使っている」という消費者の消極的な選択の結果であることにも気付いていなかった。結果、自社沿線以外で、さらに駅前でもない場所に展開していた店舗は、人口密度の低い郊外で勝ち残ってきた地域有力スーパー、例えば、関東ならヤオコー、ベルク、ベイシア、カスミなどに負けてしまう、というのがパターンだった。

 現在では、ほとんどの鉄道系スーパーが自社沿線中心に回帰し、経営状況は一段落しているが、この20年ほどの間、不採算店の整理など体制整備に費やしていたことで、ロードサイドから発祥して成長を続ける地場有力スーパーとの実力差はさらに拡大したと言える。沿線回帰で一息つくことができているのは、郊外型の有力地場スーパーが、賃料の高い沿線エリアには、積極的に出店していないからでしかない。首都圏の鉄道沿線エリアは、ある意味、地代の壁に守られた前世紀型スーパーのラストリゾートのようなものだ。

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