「令和改元」という“機密ミッション”の舞台裏 隠されたキーマンを追う“国家プロジェクト”はいかに遂行されたか(2/5 ページ)

» 2019年08月05日 07時10分 公開

「何をしているか分からない人」

 元号は「保秘」(秘密保護)徹底のため、ごく少人数しか関わらない。一方で歴代の副長官補は漢籍の専門家ではない。他にも経済財政を中心に内政全般の幅広い業務を抱えている。自然と、実務は尼子氏に委ねられることになった。副長官補経験者は「自分で(漢籍の古典の)四書五経は勉強しない」「元号のマネジメント(管理)をするだけだった」と話す。別の経験者は「学者への連絡は全て尼子氏に頼っていた」と振り返る。

photo 『令和 改元の舞台裏』(著・毎日新聞「代替わり」取材班 毎日新聞出版)

 公文書館に机を置いていた尼子氏。しかし同僚にも仕事内容は話さず、学者回りや内閣官房での打ち合わせでしばしば公文書館を空けていた。同僚にとって尼子氏は「何をしているか分からない人」だった。

 尼子氏の「本務」は内閣官房の「特定問題担当」だった。新元号を準備する専門職だ。元号考案を依頼し、回収した元号案の重複や俗用などをチェックする。公文書館で「統括公文書専門官室主任公文書研究官」を務めつつ、元号を担当する内閣官房副長官補室も兼任。「副長官補室付 内閣事務官」の肩書もあった。

 公文書館の高山正也前館長(77)は毎日新聞の取材に対し、「漢籍の知識が必要になる諸問題が『特定問題』。中でも非常に大きいものが新元号に関わる問題だ」と述べ、尼子氏が元号担当だったと認めた。

 毎日新聞が情報公開請求で入手した副長官補室の「併任者出勤状況」には、保存期間である過去5年分の併任者の担務一覧がA4の紙1枚に記載され、2013、14、15年に「特定問題担当」として尼子氏の名前があった。しかし、尼子氏は改元のちょうど1年前の18年5月に死去した。その職務は、内閣官房の40歳代の男性職員が継いでいる。

 尼子氏が何度も訪れた学者は、秋山氏だけではない。今回の改元にあたり考案を委嘱された石川忠久・元二松学舎大学長(87)=中国文学=も、尼子氏の訪問を度々受けていた。

 石川氏は1989年から漢籍研究団体「斯文会」理事長を務める。江戸幕府直轄の「昌平坂学問所」があった湯島聖堂を管理する団体だ。尼子氏を理事長室に迎えると、ソファを挟んで意見交換したという。石川氏は「漢籍を題材に尼子さんが質問することが多かった。年が(20歳前後も)離れているので、尼子さんはしゃっちょこばって(緊張して)いた」と話す。最近は2017年に訪問を受けた。

 同様に、今回考案を委嘱された池田温・東京大名誉教授(87)=中国史=にも尼子氏が接触していた。池田氏の妻●(編集部注:「羽」の下に「軍」)子さん(86)によると、天皇陛下の退位を実現する特例法が成立した後の2017年秋ごろ、尼子氏から自宅に電話があり、近況を尋ねられたという。

 歴代の官房副長官補経験者によると、尼子氏は、提出された元号案が過去に中国やベトナムなどの王朝で使われていないか、国内外の人名や店名と重複しないかなどを史料や電話帳で調べるチェック役を担った。

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