このような過去の歴史に学べば、経営者が「このままだと会社が潰れる」とかヒステリックに叫んだり、「我々を助けないと日本はおかしくなるぞ」と脅し始めたりした時ほど、疑ってかかったほうがいいということなのだ。
そのあたりの用心深さというか思慮深さは、昔の日本人のほうが強かった。朝鮮人労働者の「試験的導入」を受け、当時の『読売新聞』(1917年9月14日)は「労力の輸入 最後の計算を誤る勿れ」という記事で以下のように警鐘を鳴らしている。
「鮮人労働者の輸入は生産費の軽減を意味し随(したが)って生産品の低廉を意味するが如きも事質に於ては只内地労働者のエキスペンスに於て資本家の懐中を肥やすに過ぎざるなり」
「要するに鮮人労働者を内地に輸入するは我内地の生活を朝鮮の生活と同一の水準に低下せしむるとなしとせず」
朝鮮人労働者を入れても潤うのは経営者だけで、日本人労働者には百害あって一利なし、というわけだ。後のさまざまな災いを思えば極めて真っ当な指摘だ。
「経営者目線の政策」の怪しさを看破し、食い止めようとした100年前の日本人の主張を見て、これと同じような話をどこかで聞いたなと思っていたのだが、最近それが何か分かった。
「賃金上げないと日本は滅びるおじさん」が支持する、アトキンソン氏の提言と非常によく似ているのだ。
氏は、日本の生産性が先進国最低になるまで落ち込んでしまった責任のすべてが、「奇跡的とも言えるほど無能な日本の経営者」にあるとして、ここを改革するためにも、賃上げが必要だと主張している。そして、賃上げを先伸ばしにして、生産性向上のために税金を使って中小企業支援をするのは、この「無能な経営者」を喜ばせるだけで、日本の労働者にとって何のメリットもない、と述べているのだ。
大正の日本は、理知的な提言を無視して、経営者に言われるままの政策を選んでしまった。あれから100年、今度も同じ道を選ぶのか。
子どもや孫の世代ためにも、目先の感情に流されることなく、「賃金上げたら日本は滅びるおじさん」の言っていることを改めてしっかりと検証すべきではないか。
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。
近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
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