クルーズ船が寄港しても地域振興に貢献しない、は本当かクルーズ市場最前線(3/4 ページ)

» 2019年08月20日 06時00分 公開
[長浜和也ITmedia]

クルーズ“船客”の観光事情

 クルーズ船の船客が、全員オプションツアーを利用するわけではない。クルーズ船そのものが目的の船客、または、意外と多いリピーターでオプショナルツアー経験済みの船客は、船内の人が少なくなる寄港のタイミングでプールやデッキチェア、レストラン、カフェなどの船内設備をゆったりと楽しむ。

 中村氏の主張では「クルーズ客に富裕層は少なく、低所得のクルーズ客は街の小売店で消費しない」としている。しかし、私がクルーズ船に実際に乗り、船客たちから聞いた声を集めると、富裕層の船客ほどその寄港地は何度も訪れているリピーターで、その裕福なリピーター船客は「わざわざ下船して街で消費する価値はない」と判断している、というのが実態だ。

 クルーズ船が用意するオプショナルツアーの多くは、朝出発して午前中に観光地を回り、昼食をとって14時前後に戻ってくる。それから出港する夜までは時間を余しているわけで、先に述べた「何度も来ているから船にいる」という船客も含めて、市街地の商店街で消費行動をする時間的余裕はある。

 しかし、私が知る限り、市街地の商店街を訪れたくなるようなプロモーションに取り組んでいる商工会は少ない。別府や新宮では、市の職員が旅客ターミナルで出迎えてくれて、地元で人気の食堂などを紹介して商店街での消費を促していた。一方で、とある大都市国際港では、そのような案内もなく、どこに行ったらいいのか分からない多くの船客が当てもなく歩き回って帰ってくるだけ、というケースも目撃している。

 不幸にして、日本にある商業港(特に新たに整備した岸壁ほど)の多くは市街地から離れていて、徒歩で商店街に移動するのが難しい。そうなると、船客は市街地を訪れることなく船内にとどまってしまう。船内にとどまっている決して少なくない船客を市街地の商店街まで誘導する工夫もせず、かつ、地元の商店街でクルーズ客に消費活動をさせるような情報を発信もしないなら、先に述べた大規模免税店に船客を奪われ、地元の観光小売業には、クルーズ船誘致が「ほとんど効果などない」となってしまう。

 先日掲載した「いまなぜ増える海外客船の日本発着クルーズ」でも述べたように、海外から訪れる観光客にとって日本の地方都市はアクセスが難しいという声が多い。特に陸路鉄道を使った場合、料金の支払いや乗り換えが分かりにくいという。

 一方で、日本で訪れたい場所として、東京や大阪、京都といった著名な大都市だけでなく、地方を訪れてその土地の文化に触れたいという海外からの観光客も増えている。そのような海外観光客が移動しやすい日本周遊クルーズ船を利用するのは、地方の産業にとって大きなチャンスというのは間違いない。

 もちろん、日本人観光客にとっても鉄道輸送力に制約のある地域(例えば熊野古道の入り口となる新宮市など)において、観光客を大幅に増やすことに貢献している。中村氏の主張でも「2010年ごろには10万人にも満たなかった乗客数も2017年に77万人、2018年には70万人と大幅な増加」(中村智彦氏「豪華客船にお金持ちは乗って来なかった〜クルーズ船寄港地の憂鬱」から引用)としている。

 クルーズ船の誘致によって訪れる人は明らかに増える。増えた観光客に対して、いかに消費してもらう工夫を打ち出していくかが、観光小売業の経営者や寄港地自治体に求められているのは、木曽氏や中村氏が主張している通りだ。

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