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» 2019年09月20日 07時30分 公開

30周年のアサヒビール本社 異彩を放つビルはなぜできた?ビール2億本分の“巨大ジョッキ”(2/4 ページ)

[加納由希絵,ITmedia]

 現在、本社ビルが建っている土地は、かつて同社の「吾妻橋工場」があった場所だ。吾妻橋工場の歴史は長く、1900年(明治33年)に土地を購入して工場を建てたことが始まりだという。1924年(大正13年)夏には、敷地の一角に数寄屋風のビアホールを建て、近隣の人たちでにぎわっていた。

 そんな吾妻橋工場も、会社の業績悪化とともに苦境に陥っていく。高度成長期を経て、激しい市場競争にさらされ、アサヒビールのシェアはどんどん低下していった。1980年代に入ると資産整理を余儀なくされ、吾妻橋工場の土地は売却対象になった。

現在は本社が建っている場所にあった吾妻橋工場(1955年)。敷地内にはビアホールもあった

 その苦境を救ったのが、現在に続く看板商品「アサヒスーパードライ」だ。1987年に発売したこの商品が会社を変えた。その前年に発売した「アサヒ生ビール」に続いて、“キレ”のあるすっきりとした味わいのアサヒスーパードライが大ヒット。会社を取り巻く状況は一気に変わった。

 会社の業績が回復したことによって、87年10月、売却した旧吾妻橋工場の跡地の一部を住宅・都市整備公団から買い戻すことができた。そしてその場所に、創業100周年事業として新しいビルを建設することが決まった。つまり、スーパードライがヒットしたからこそ、あのビルは誕生したのだ。

 こうして、ビールをかたどった「アサヒビール吾妻橋ビル」と、巨大なオブジェが載った「アサヒビール吾妻橋ホール」(いずれも当時の名称)が建設された。「ビール会社のシンボルとして、記念になるデザインを当時の経営陣が要望したのではないか」と担当者は話す。

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