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» 2019年08月28日 07時00分 公開

丸の内は今も“31メートルの街”:「丸ビル」の17年 なぜ“オフィス街・丸の内”は変わったのか (1/4)

再開発が加速する東京・丸の内。エリアを代表する建物が、2002年に開業した「丸ビル」だ。丸ビル建て替えを機に、“オフィス街”の丸の内は大きく変わった。丸ビルが変えたもの、変わらずに残っているものとは何だろうか。

[加納由希絵,ITmedia]

変わる東京 進化の中で残る“強み”

 再開発が加速する東京。目まぐるしく時代が移り変わっても、ずっと残ってきたものにはどんな背景があるだろうか。ときには姿を変え、ときには古いものを守りながら、新しい時代を迎えた街や建物のストーリーと、将来への戦略を探る。


 東京駅の赤れんが駅舎の前に広がる開放的な広場には、写真を撮る観光客や急ぎ足のビジネスパーソンの姿が絶えない。皇居へと続く行幸通りを中心に、再開発によって建設された高層ビルが立ち並び、その周りには緑もある。

 そんな風景を眺められる丸の内エリアを代表する建物が「丸の内ビルディング(丸ビル)」だ。旧丸ビルからの建て替えによって、2002年9月に開業。07年に建て替えられた「新丸ビル」と並んで、東京駅の目の前に建っている。開業から丸17年たった今でも、ランドマークの役割を果たし続けている。

 オフィス街として機能してきた丸の内では、丸ビルの建て替えを機に、街全体が大きく変貌を遂げてきた。丸ビルが変えたもの、変わらずに残っているものとは何だろうか。丸ビルをはじめとして、丸の内エリアの開発を推し進めてきた三菱地所に話を聞くと、この17年で生まれた、多様な街の“顔”が見えてきた。

丸ビル(左)と新丸ビル、丸の内の街

現在に残る「31メートルの風景」

 地上37階建ての丸ビルは、低層部と高層部がはっきりと分かれた特徴的な形をしている。低層部は商業施設が中心となっていることから、食事や買い物に訪れたことがある人も多いだろう。

 この丸ビルを外から眺めると、高層ビルでありながら、昔ながらの面影を残していることが分かる。低層部が旧丸ビルの形を引き継いでいるからだ。旧丸ビルに使われていたアーケードなどのデザインも、現在の建物に継承されているという。

旧丸ビル玄関前(1923年)
旧丸ビル前から有楽町方面を望む(1991年7月)

 実は、この低層部は“高さ”に大きな意味がある。旧丸ビルに適用されていた旧建築基準法では、建物の高さが31メートル(100尺)に規制されていた。そのため、高度成長期の丸の内の風景は特徴的だった。丸ビルをはじめとして、高さ31メートルのビルが整然と並んでいたのだ。

31メートルのラインで統一感を出す

 丸ビル建て替えに始まる「丸の内再構築」では、「31メートルの建物が並ぶ昔の景観を残す」ことを意識している。そのため、丸の内の新しい高層ビルは、低層部と高層部が分かれているものが多い。31メートル付近を境目に、高層棟に切り替わったり、デザインが変わったりしている。31メートルのラインを強調することで統一感を出しているのだ。このような方針は「大手町・丸の内・有楽町地区まちづくりガイドライン」にも記載されている。

 そんな丸の内の景観を象徴するのが丸ビルだ。しかし、丸ビルの建て替えが決まった当時、丸の内の街は危機にあえいでいた。

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