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インタビュー
» 2019年11月28日 08時00分 公開

「案件中心」から「顧客中心」へ:サイボウズは「SaaSシフト」をどのように成功させたのか (1/3)

業務アプリケーションの「パッケージソフト販売」から、「クラウドベースのSaaSモデル」への事業転換に成功したサイボウズ。同社の開発本部長である佐藤氏に話を聞いた。

[伊藤健吾,ITmedia]

 AI活用やDX(デジタル・トランスフォーメーション)、アズ・ア・サービス化によるサブスクリプションモデルの導入など、テクノロジーを駆使した新たなビジネスがさまざまな業界を席巻している。今まで非IT企業だった企業群もソフトウェア開発をコア・コンピタンスにしていく必要に迫られる中、組織全体でITシフトを進めるためのステップを書き記したのが及川卓也氏の著書「ソフトウェア・ファースト」(日経BP)だ。

 及川氏は執筆に際して、ソフトウェア・ファーストを実践することで各業界に新風を吹き込んできた日本企業に取材を実施。デジタル変革のあるべき論だけではない、リアルな実情を踏まえたソフトウェア開発力向上のヒントを探った。

 今回紹介するのは、サイボウズ開発本部長・佐藤鉄平氏の経験談だ。業務アプリケーションの「パッケージソフト販売」から「クラウドベースのSaaSモデル」への事業転換に成功した同社に、開発体制の変遷を聞いた(聞き手:及川卓也)

SaaSモデルにシフトしたきっかけ

及川 サイボウズさんは業務アプリ構築クラウドの「kintone」(キントーン)をはじめSaaS製品が好調ですが、かつてはパッケージ製品が中心でしたよね?

佐藤 ええ。2011年にcybozu.comとして「kintone」の提供開始と「サイボウズ Office」のクラウド化をするまでは、パッケージソフト販売が中心でした。

 今もメール共有ソフトの「Mailwise」(メールワイズ)や大企業向けグループウェアの「Garoon」(ガルーン)など、一部の製品はパッケージソフトとSaaSの両方で提供していますが、11年以降は会社を挙げてクラウド型サービスへの事業転換を進めています。

佐藤鉄平(さとう・てっぺい)氏。東京工業大学大学院 社会理工学研究科経営工業専攻を修了。2007年にサイボウズにエンジニアとして新卒入社。同社製品のGaroon、kintoneの開発チームを経て、16年7月より現職に就任。18年からはサイボウズ・ラボ代表取締役社長を兼任。社外では@teppeisとしてJavaScriptを中心に執筆や講演など活動中

及川 何がきっかけでSaaSとパッケージソフトの共存モデルにシフトしていったのですか?

佐藤 一番の理由は、パッケージソフトの売上が踊り場を迎えたことです。当社は創業が1997年で、「サイボウズ Office」を出した後10年くらいはユーザー数も売上も右肩上がりで伸びていました。それが2007年ごろになって、ユーザー数はそこそこ伸びているけれど、売上が伸びなくなってきたぞ、と。

 それから11年までの約5年間は、次の主力事業を模索すべく、それこそいろんな事業を試しました。社内ではこの時期を「大航海時代」と呼んでいて、他社さんと協業してソフトウェアのセット販売を始めたり、広告ビジネスに手を出してみたり。そこまで芽が出ずに終わってしまった事業もたくさんあった中で、最終的にクラウド型のSaaSビジネスが残ったという形です。

及川 11年ごろは今と違って、クラウドサービス全体への信頼度が低かったですよね。パッケージソフトだけで頑張るという選択肢も捨てがたかったのでは?

佐藤 11年はAWSが東京リージョンを開設した年で、日本はまだクラウドの黎明(れいめい)期でした。おっしゃる通り大企業をはじめ多くの企業は「クラウドはセキュリティ上まだまだ危険なもの」という認識だったと思います。

 ただ、アーリーアダプターを中心にクラウドサービスの業務利用が増え始めていたタイミングでもあって、SaaSに舵を切るなら今だろうと。当初、ユーザー数の伸びは緩やかだったものの、17年には全プロダクトの年間売上の中でパッケージソフトとSaaSの比率がだいたい半々になり、18年にはSaaSが65%と逆転するまでになりました。

出典:サイボウズ 2018年12月期(第22期)決算説明会資料(2019年2月)

及川 パッケージソフトの売上も、急激に落ちているわけではないのですね。

佐藤 はい。おおむね横ばいで推移しています。一定以上の規模の情報システム部門があって、社内のITシステムを自分たちで管理・運用できるようなお客さまの中では、個別の事情に対応するパッケージソフトのニーズがまだあるんですね。そこにSaaSという導入・運用が手軽なクラウドサービスを投入したことで、新規のお客さまが増えたという構図です。利用のハードルが下がったという表現が正しいかもしれません。

「案件中心」の開発から脱却

及川卓也(おいかわ・たくや)氏。大学卒業後、DEC(ディジタル・イクイップメント・コーポレーション)に就職してソフトウェアの研究開発に従事する。その後、MicrosoftやGoogleにてプロダクトマネジャーやエンジニアリングマネジャーとして勤務の後、プログラマーの情報共有サービスを運営するIncrementsを経て独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立

及川 パッケージソフトだけだった時代から、SaaSの提供も行うようになった今、開発で一番変わった点は何でしょうか?

佐藤 中長期視点のプロダクトデザインが求められるようになった点です。

 パッケージソフトはライセンスの切り売りモデルなので、社内が一番沸くのは大規模案件の受注が決まったときだったんですね。例えば、ある大企業に「Garoon」の導入が決まったとすると、それだけで一気に数千万円の売上が立ち、年間売上が大きく変わります。だから、当時は案件ごとの要望に応えることが主業務になっていました。案件中心というか、機能重視の開発になっていたんです。

 一方、SaaSはサブスクリプションモデルで提供しているので、受注して終わりではなく「継続利用してもらうには何が必要か?」という視点が求められます。それによって開発プロセスやUXデザイン、品質保証の考え方も大きく変わりました。

 例えば案件中心の開発では、長期的に見て技術的負債になるような決断をしなければならないケースもありましたが、SaaSの開発では逆にそういう決断をできる限り排除しなければなりません。以前なら必要悪としてやっていたことでも、今は明確に「ダメだ」と言えるようになったというか。

及川 パッケージソフトだと、「こんな機能を入れてくれたら買うよ」と言われて頑張って開発しても、実際はそれほど使われないというケースもありましたよね?

佐藤 そうですね。特にエンタープライズ向けのソフトウェアは、購買を決めるのが情報システム部門の責任者などで、日々の業務で使うエンドユーザーに直接使い心地を聞くのは難しい。利用状況のログも取れないので、導入後にどう使われているかが分からないというジレンマがありました。

 それがSaaSだとWebで直接ログが取れるので、エンドユーザーの使い方を確認できるようになります。これも大きな変化で、開発もユーザー満足度を高めることにフォーカスするようになっていきました。ユーザーテストも以前より頻繁にやるようになりましたね。

及川 それはそれで素晴らしい変化ですが、一方で利用状況が即座に分かるようになると、チャーンレート(解約率)やユーザーが離脱しやすい機能のようなマイナス面もあらわになります。人によっては心臓に悪い状況だと思うのですが、チームの皆さんはすぐに適応できましたか? 

佐藤 その点は大丈夫でした。パッケージソフトでは知りたくても知れなかった情報なので、むしろチームメンバーのモチベーションが上がったように思います。前から、プロダクトマネジャー(以下、PM)に対して「自分たちが作ったものがどう使われているのかちゃんと測ってほしい」とリクエストするような人が多かったので。

及川 いいですね。受託体質の開発チームだと、PMが決めた仕様を実装することだけにしか興味がなく、その後の利用具合いにもそれほど関心を示さないという人が一定数いるものです。そういう人がいなかったというのは、SaaSにシフトしてユーザー中心の開発・運営をしていく上で大切なポイントになりますね。

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