#SHIFT

同一労働同一賃金が開く“パンドラの箱”――派遣業界に突き付けられる退職金問題人事ジャーナリスト・溝上憲文の「経営者に告ぐ」(3/5 ページ)

» 2019年12月25日 05時00分 公開
[溝上憲文ITmedia]

「派遣労働者にも退職金支給」 事実は周知されないまま

 例えば「(1)勤続年数などによって決まる一般的な退職金制度を適用する」を選択する場合、通達に示されている各種調査の指標に基づいて水準を決めなければならない。1つの事例として「平成30年中小企業の賃金・退職金事情」(東京都)を使った支給方法を示している。まず退職金受給に必要な最低勤続年数を3年とし、支給月数については大卒・自己都合の支給月数は1.1カ月であるが、これに退職金制度導入割合(71.3%)を乗じて月数を算出する。導入割合を乗じることによって労働者の「平均水準」を担保していることになる。

 その結果、勤続年数3年の支給月数は自己都合0.8カ月、会社都合は1.2カ月となり、これを下回らないようにすることとし、同じように勤続5年(会社都合)は1.9カ月、10年4.1カ月、20年は8.9カ月など、細かく例示されている。

photo 「平成30年中小企業の賃金・退職金事情」(東京都)を使った退職金の支給方法

 選択肢「(2)時給に6%を上乗せする退職金前払い方式」の上乗せ6%は、基本時給が1000円であれば上乗せ額は60円になる。

 派遣会社には派遣社員以外に派遣先開拓の営業やコーディネーターなどの正社員もいる。正社員に退職金があり、派遣労働者にない場合は支給するのは当然だ。だが、労使協定方式の場合、正社員に退職金がなくても派遣労働者には支給しなければならない。非正規労働者に手厚い処遇をするという法律の趣旨には反しないものの、実際の職場では問題になりかねない。いずれにしても人件費の原資が増えることは間違いない。

 気になるのはこのことを知っている派遣社員がどのくらいいるかということだ。エン・ジャパンが派遣社員に聞いた「同一労働同一賃金意識調査」(11月25日)によると、同一労働同一賃金という言葉を知っているかという質問に対し「知っている」と答えた人の割合はわずか28%だった。「言葉は聞いたことがあるが詳細はよく知らない」「知らない」が合わせて72%だ。ちなみに同一労働同一賃金の導入で期待することのトップ3は「給与が上がること」(69%)、「賞与の支給」(61%)、「交通費の支給」(60%)だった(複数回答)。

 調査したのは10月1日〜31日である。2020年4月1日施行の半年前にもかかわらず、知らない人が多いのは派遣会社が周知していないからだ。周知していないのは施行に向けた準備が進んでいないか、あえて知らせていないかのどちらかだと考えられる。飲食・小売業界の一部にはアルバイトにも有給休暇取得の権利があるのに、あえて周知しない“寝た子を起こすな”という慣行があるとよく聞かれるが、それと同じ類かもしれない。

 派遣会社は2020年4月施行の前に、労使協定の締結や就業規則の改正など法的手続きをしないといけない。また、派遣先均等・均衡方式、労使協定方式いずれを採るか派遣先企業に通知する必要がある。労使協定方式の手続きをしなければ自動的に派遣先均等・均衡方式になる。そうなると前述したように、派遣契約をしない派遣先が多くなれば、派遣会社の事業存続も難しくなる。

photo 同一労働同一賃金という言葉を「知っている」と答えた人はわずか28%だった(エン・ジャパンのWebサイトより)
photo 同一労働同一賃金の導入で期待することのトップ3は「給与が上がること」(69%)、「賞与の支給」(61%)、「交通費の支給」(60%)(エン・ジャパンのWebサイトより)

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.