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» 2020年02月21日 07時30分 公開

杉山淳一の「週刊鉄道経済」:1日だけのロマンスカー・ゼルビア号 「歩く楽しさ」でファンを増やす、小田急の狙い (1/4)

小田急電鉄は、FC町田ゼルビアとコラボした臨時ロマンスカーを運行した。自社開発の歩数アプリ「ARUCLUB」で、サポーターたちが“みんなで1000万歩”を達成したからだ。アプリを通じてスポーツチームとコラボすることで、小田急のファンを広げる面白い取り組みだ。

[杉山淳一,ITmedia]

 2月9日、小田急電鉄は臨時ロマンスカー「ゼルビア号」を運行した。使用車両は青いロマンスカー。始発駅はふだん急行さえ通過する「鶴川駅」。午前11時16分に発車して、新宿駅に午後0時27分着。所要時間は71分。各駅停車で乗り通せば約50分のところを、それ以上の時間をかけて走る。

 不思議な運行形態の列車だけど「ゼルビア」でピンと来た人もいるだろう。この列車の正体はプロサッカークラブ「FC町田ゼルビア」とファンの交流列車だ。しかも、小田急電鉄から「ゼルビア」ファンへのプレゼントである。75組150人のサポーターとランコ・ポポヴィッチ監督、岡田優希選手、佐野海舟選手が同乗した。

鶴川駅3番ホームで出発セレモニー。佐野海舟選手、ランコ・ポポヴィッチ監督(左から1、2人目)、岡田優希選手(右端)らが参加

小田急の価値を高める存在「FC町田ゼルビア」

 「FC町田ゼルビア」は「サッカーの街・町田を代表するサッカークラブを作ろう」と、1989年に結成された。もともと町田は少年サッカーが盛んで、約40人の選手をJリーグに送り出したという。その町田の名を全国に知らしめるため、90年から「FC町田トップ」として東京都サッカー協会、東京都社会人サッカー連盟に登録し、ローカル大会に挑んだ。91年から東京都社会人サッカーリーグ4部に参加し1位、翌年から3部へ昇格。98年に1部へ昇格。チーム名を「FC町田ゼルビア」とした。

 2005年に関東サッカーリーグ、08年に日本フットボールリーグへと確実に進んだ。しかし、Jリーグへは足踏みが続く。これはチーム成績ではなく、ホームスタジアムが基準を満たさないからであった。11年、ランコ・ポポヴィッチ監督が就任、日本リーグ戦績は3位で、J2昇格にふさわしい成績だった。一方、町田市は市立陸上競技場を12年までに改修すると約束。12年からJ2リーグ参入が決まった。ただし、功労者でもあるランコ・ポポヴィッチ監督は退任し、FC東京へ移籍する。

 その後、FC町田ゼルビアは日本リーグ降格、J3参入、J2昇格とたどり今日に至る。20年はランコ・ポポヴィッチ監督が復帰。9年前にJ2への道筋を付けた勢いでJ1を目ざす。19年に新人選手として加入した岡田優希選手と佐野海舟選手も期待されている。

MSEが選ばれた理由の一つがチームカラーと同じ青系だから。運転室にゼルビー君が乗っていた。列車名表示は「FC町田ゼルビア号」

 小田急電鉄は09年からFC町田ゼルビアに協賛し、ゼルビア公式サイトではメインスポンサーのサイバーエージェントと並び「TOP PARTNER」7社に入っている。小田急はこれまでも地域貢献活動としてママさんバレーチームを支援したり、沿線のスポーツ大会に協賛したりしてきた。社会課題の解決や持続的な沿線活性化を実現する方策の一つに「スポーツ共創戦略」を掲げている。スポーツを通じて地域に新しい価値を創り出し、小田急沿線ブランドを高めようという考え方だ。

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