トイレットペーパー買い占めに走る人を“情弱”と笑えない真の理由“いま”が分かるビジネス塾(2/3 ページ)

» 2020年03月17日 08時00分 公開
[加谷珪一ITmedia]

 製紙業界は全世界的なペーパーレス化の影響を受けて、毎年、生産量が減っており、工場などの設備は縮小傾向が続いている。トイレットペーパーに代表される衛生紙は基本的に人口分しか売れないのでほぼ横ばいだが、製紙業界全体の生産力は年々低下していると考えてよい。

製紙会社が大幅増産を決断できないワケ

 メーカーにとっては、生産ラインを1つ立ち上げるだけでも、巨額の資金と手間が必要となる。このため、ムダな設備を遊ばせてしまうと業績が悪化するので、製紙会社は需要動向を見極め、稼働率をできるだけ高く設定しようとする。

photo トイレットペーパー生産が問題ないことを伝える製紙業界のリリース(日本家庭紙工業会の公式サイトから引用)

 現在、各社の稼働率は90%程度とみられるが、これでも製紙業界としてはかなり低い数字である。日本では長年、不景気が続いているので稼働率が上がっておらず、本当ならもっと高い稼働率にしたいというのがホンネだろう。

 仮に現状の稼働率が90%だとすると、増産したところで増やせる紙の量は10%しかない(紙全体の話なので、トイレットペーパーがどの程度、増産できるのかは各社の状況による。あくまで全体の話としてご理解いただきたい)。今、新しく製造ラインを立ち上げても稼働までには半年から1年以上の時間がかかるし、その時にはコロナウイルスの感染は終息している可能性が高いので、関連した投資はすべてムダになり、業績には深刻な影響が及ぶ。

 リスクの高い設備投資をメーカーに決断させる(増産に踏み切らせる)には、ある程度の値上げを国民が受け入れる必要があるが、今、製紙会社が値上げするなどと表明すれば、それこそ袋だたきに合うだろう。つまり製紙会社には設備を積極的に増強するインセンティブが働きにくいのだ。

 結局のところ、生産量を大幅に拡大するのは難しく、皆が余分に1パック購入しただけで、トイレットペーパーは手に入らなくなってしまう。

 確かに一部の人は、パニックを起して買いだめに走ったのかもしれないが、本当に皆がそうなのだろうか。詳しいメカニズムは分からないにしても、すぐに増産することは難しいと考え、念のため多めに買って置いた方がよいと判断した人も多かったはずである。こうした行動をとる人は「バカ」であり、責められるべきものなのだろうか。筆者にはそうは思えない。

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