「暗号通貨」の看板を下ろしたLibraの勝算星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(2/2 ページ)

» 2020年05月27日 07時00分 公開
[星暁雄ITmedia]
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「誰でも許可なく参加できる」構想を捨てる

 Libraの当初の構想には、「5年をメドにブロックチェーンをパーミッションレス(誰でも許可なく参加可能)とする」と記されていた。「誰でも許可なく参加できる」ことは、インターネットの理念であり、オープンソースの理念であり、そして暗号通貨の理念でもある。Libraプロジェクトはおそらく開発者主導で構想し、インターネットやオープンソースや暗号通貨の理念を引き継いだものだったのだろう。この理念は、銀行口座を持たない途上国の人々に金融サービスを行き渡らせる取り組みである「金融包摂」とも合致する。

 ところが、「誰でも許可なく参加できる」という価値観は、各国の金融当局には受け入れられなかった。「経済制裁の対象国の人々や、テロリストや、犯罪者なども参加可能なのではないか」と受けとめられたのだ。おそらくLibra側は不正検出などの技術的な対策により、不正や犯罪に対応可能と考えていたのだろうが、それでは金融当局の説得には不十分だったのだろう。

 そこでLibraはピボットにより、「誰でも許可なく参加できる」構想を捨てた。それでも、Libraはいぜんとして最先端技術を用いた決済システムの構想だ。すなわち、ブロックチェーン技術を本格的に活用したインターネット時代の決済システムを作ろうとしているのだ。

複数の送金サービスがスムーズにつながるネットワーク

 クラウドと同様、ブロックチェーンは目に見えない。Libraはエンドユーザーから見れば、スマートフォンアプリで送金や決済を行えるシステムに見える。そこで「従来の電子マネーや送金アプリとどこが違うのか?」と疑問を持つ人もいるだろう。

 一言で答えるなら、従来との違いは、複数の企業がスムーズに「つながる」ことだ。

 従来の電子マネーや決済アプリは、ひとつの国の中で、1社が、1種類のサービスとして提供する。基本的には閉じたアーキテクチャだ。

 一方、Libraでは、Libra協会に参加する複数の企業が複数の決済サービスを提供する。複数の決済サービスの間で相互運用性があり、各サービスは共通の送金ネットワーク、すなわちLibraネットワークにつながっている。

 読者の中に、1980〜1990年代に盛んだった「パソコン通信」をご存じの方はいるだろうか? 従来の電子マネーは、往年のパソコン通信と似ている部分がある。各社のサービスが1社に閉じていて、相互につながっていない。Libraはインターネットのように、複数の企業が提供するサービスのユーザー同士がお金を送りあえる。

高度なソフトウェア技術を駆使

 Libra構想はピボットで大幅に変わったが、変わらない部分もある。それは高度なソフトウェア技術を駆使する能力を備えているところだ。

 テックジャイアントであるFacebookのソフトウェア技術力は、ピボット後のLibraでも強力な武器となるだろう。例えばFacebookのチームが考案したLibraブロックチェーンの基本設計は、ピボットでも変わっていない。

 Libraの技術チームの活動ぶりを伝える動きも出てきた。Facebookや、その子会社でLibraを推進するCalibraの技術陣は、20年4月に「ゼロ知識証明を用いた監査手法」「ビザンチン耐障害システムの新たなテスト手法」と、高度な内容の技術論文を公表している。Libraのために、Facebookの技術陣は基礎的な領域を含む研究開発活動を続けていることを示す動きだ。Libraはいぜん高度な技術力を持っているといえる。

日本上陸は不透明

 Libraが日本に上陸できるかどうかは不透明だ。Libraバージョン2.0では、各国の法定通貨に連動するシングルステーブルコインを発行する構想だ。つまり日本上陸には、日本円に連動したステーブルコインをまず作ることになる。ところが日本円連動のステーブルコインはまだ市場に登場していない。試験的な試みがいくつかあるだけだ。

 その背後には、日本の暗号資産規制で、ステーブルコインが視野に入っていなかったことがある。ステーブルコインを扱うルールがまだ定まっていないのである。Libraは当初、日本円もLibraの裏付け資産に組み込むとしていたが、ピボット後のホワイトペーパーからは日本と日本円に関する言及が消えた。

 これに関連して注目すべき動きがある。日本の金融規制当局である金融庁は、5月15日に「暗号資産・ステーブルコインに係わる金融規制」に従事する人材の募集を公表している(金融庁採用情報)。日本でステーブルコインを取り扱うためのルールは、水面下で整備が進んでいるようだ。

Libraはゲームチェンジャーになれるか

 Libraの構想は、大きな方針変更を経ながらも前進している。

 既存の金融機関は、厳しさを増す国際金融規制、特にマネーロンダリング規制をクリアするため多額の費用を支出し、苦しんでいる。世界最大級の銀行HSBCがコンプライアンスに費やすコストは、年間7.5〜8億ドル(約810〜860億円)とみられる。大銀行がマネーロンダリング対策の不備のために罰金を支払わされる事例も相次いでいる。各銀行を合わせた罰金の総額は年間200億ドル(約2兆円)を超えるといわれている。

 一方、Libra協会はゼロから立ち上げた組織だ。うまく仕組みを作れば、効率よくマネーロンダリング規制を進めることができる。Facebookの高度なソフトウェア技術も駆使できる。これらがうまく噛(か)み合えば、既存の金融機関に対する競争優位となる可能性は大いにある。

 ローンチはまだ先のことだが、Libraはゆっくり成長して国際的な決済ネットワークの世界のゲームチェンジャーになるかもしれない。AppleのiPhoneやGoogleのAndroidが、携帯電話と個人用デジタルデバイスのゲームチェンジャーになったように。

筆者:星 暁雄

早稲田大学大学院理工学研究科修了。1986年日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。『日経エレクトロニクス』『日経Javaレビュー』などで記者、編集長の経験を経て、2006年からフリーランスのITジャーナリスト。IT領域全般に興味を持ち、特に革新的なソフトウェアテクノロジー、スタートアップ企業、個人開発者の取材を得意とする。最近はFinTech、ブロックチェーン、暗号通貨、テクノロジーと人権の関係に関心を持つ。

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