多くの人に「感謝」されているのに、なぜ医者の給与は下がるのかスピン経済の歩き方(6/6 ページ)

» 2020年06月02日 08時17分 公開
[窪田順生ITmedia]
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構造的な問題

 ご存じの方も多いだろうが、現在、新型コロナ軽症患者が寝ているベッドの多くは、削減される予定だったものだ。厚生労働省はこの5年間、全国の病床を削減する計画を進めていて、昨年秋には13万床削減という目安も掲げて、病院名のリストも作成していた。そこで名指しされていた病院が今、コロナ患者を受け入れている。

 では、なぜ国はそんなことをしていたのかというと、「国民皆保険」という世界に誇る医療システムを守るためだ。

 今の勢いで医療費が膨れ上がったらどこかで「国民皆保険」が破綻してしまう。それを避けるために、医療機関を統合して医療費をどうにか抑制しようとしていたのだ。

 もしこの取り組みがもう少し早いペースで進んでいたら、患者を受け入れることができず、医療崩壊する地域がでてきていたかもしれない。つまり、国民皆保険というシステムを守るため、多くの死ななくていい人が死んでいたかもしれないのだ。「できないことに執着する」のは、こんな恐ろしい悲劇を招くのだ。

 国民皆保険が世界に誇る素晴らしい制度であることは言うまでもないだろう。しかし、このシステムがこれまで成立できたのは、人口が右肩上がりで増えて、GDPも右肩上がりで成長していく高度成長国家だったからだということも忘れてはいけない。

 そのように人口増加時代に整備されたインフラが、人口減少時代になると維持することが難しくなり結果として、過酷なブラック労働の温床になるのは、郵便、コンビニ、宅配便などを見れば明らかだ。

 そして、これらに共通するのは、「世界一」と日本人が胸を張っていることだ。郵便システムの質の高さは世界一、コンビニのインフラも世界一、宅配サービスも世界一、そして国民皆保険も世界一だと我々は自画自賛している。

 それは裏を返せば、日本の医療も、コンビニや宅配業界と同様に、「世界一のシステムを守るために低賃金労働者が犠牲になる」という構造的な問題を内在していることだ。

 「医療従事者のみなさん、ありがとう!」と感謝を口にするのも結構だが、それよりもまず必要なのは、医療現場のブラックぶりを美談などにせず、彼らの叫びに耳を傾けることではないのか。

窪田順生氏のプロフィール:

 テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

 近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。


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