今から15年前のことだ。05年の開発者会議で、Appleは「MacのプロセッサをPowerPCからIntelに切り替える」と発表し、翌06年1月に最初のIntel搭載Macを出荷した。余談だが、筆者は最初のIntel搭載MacBook Proのユーザーだった。
当時のIntelは、世界最高の半導体製造技術を持ち、プロセッサ設計技術でも優れていた。PowerPCやその他のプロセッサではなくIntelのプロセッサを選んだ方が、Macの競争力を、少なくとも数年にわたり維持できる。それがIntelに切り替えた理由だ。
20年現在のIntelは、半導体市場で世界トップの優良企業である。だが、05年のIntelとは大きな違いがある。現在のIntelは、半導体製造技術で世界一とは言えなくなっているのだ。一方で、TSMCの製造能力は向上し、iPhoneやiPadのヒットによりApple Siliconの生産規模は大きくなり、半導体の設計ノウハウも蓄積されている。脱Intelを実行できる実力を今のAppleは持っているのだ。
半導体を進化させるということは、微細加工技術を追求してより多くの半導体素子(トランジスタ)をシリコンチップ上に集積するということだ。つまり「密度」が大事なのだ。かつてのIntelは、シリコンチップ上に集積する半導体の数を「18カ月で2倍にする」という苛酷な目標をクリアしていた。この目標は「ムーアの法則」と呼ばれている。だが、今やこのペースは達成不可能となってきた。微細加工を追求した結果、物理的な限界が近づき進化のペースが鈍ってきたのだ。これは「ムーアの法則の終焉(しゅうえん)」と呼ばれている。
Intelにとって都合が悪いことに、ライバル企業の台湾TSMCと韓国サムスン電子(Samsung Electronics)は、微細加工技術を進化させるという難問をIntelよりもうまく切り抜けた。両者は今やIntelの製造技術を抜いている。サムスン電子はメモリー製造を得意とし、TSMCはカスタムチップの受託製造を得意とする。
New York Timesは、今のIntelは「ライバル企業より12〜18カ月遅れている」というアナリストの発言を伝えている(New York Timesの記事参照)。実際、最新半導体の量産という観点で、IntelはTSMCより1年遅れている。TSMCは、18年4月から「7ナノメートル」製造プロセスに基づく製品を量産出荷している。一方、Intelの最新の「10ナノメートル」製造プロセスを採用した第10世代Intel Coreプロセッサ(Ice Lake)の量産出荷は19年5月である。
先を急ぐ読者は、このあとの2つの段落を読み飛ばしていただいても構わないが、上の記述には若干の注釈がある。
まず「7ナノメートルと10ナノメートルでは製造技術の世代が違うではないか」と思われた読者もいるかもしれないが、Intelは「自社の10ナノメートルプロセスは、実質的にTSMCの7ナノメートルと同等かそれ以上だ」と主張した。この主張そのものは妥当だと考えられている。Intelの10ナノメートルプロセスもTSMCの7ナノメートルプロセスも、集積できる半導体素子の密度は1平方ミリあたり約1億個程度で、同等と推定されている。
とはいえ、その同等の技術で1年の差を付けられた事実は残る。なお、Intelはここ数年にわたり製造技術のトラブルに苦しめられている。Intelは18年に10ナノメートルプロセス"Cannon Lake"に基づくCoreプロセッサの製品出荷を限定的に行っているのだが、市場にほとんど出回らなかった(Intelが10ナノメートルプロセス半導体をめぐり苦戦した事情を詳しく知りたい方にはこの記事を参照されたい)。Intelが10ナノメートルプロセスに基づくプロセッサの本格的な量産出荷にこぎ着けたのは19年に入ってからのことだ。
一方のTSMCは、最新世代の製造技術「5ナノメートルプロセス」の量産を20年4月に開始したと伝えられている。1平方ミリあたり約1.7億トランジスタの密度を達成するといわれている。Appleが次世代iPhoneやMacに搭載するApple Siliconは、この5ナノメートルプロセスで製造するとの報道も出ている。一方、Intelの次世代の製造技術「7ナノメートルプロセス」は21年に本格出荷を目指していると伝えられている。1平方ミリあたり約2億トランジスタ以上の密度を目指すといわれている。
苛酷なレースはまだまだ続いている。Intelは製造技術の遅れを取り戻しライバルを追い越す計画を立ててはいる。だが同社のここ数年の製造トラブルを振り返ると、計画が実現するかどうかは結果を見ないと分からない。つまり、今後は半導体業界の地図が塗り替わっていく可能性があるのだ。
(後編へ続く)
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