『半沢直樹』が人気なのは、「パワハラの被害者が増えているから」は本当かスピン経済の歩き方(5/6 ページ)

» 2020年08月25日 09時32分 公開
[窪田順生ITmedia]

「正義」と「正義」がぶつかり合う

 だが、筆者はこの会社に、A氏への批判は絶対にやめるべきだとアドバイスした。会社として、法廷で争うかもしれない元社員の悪口をメディアに触れ回ってもマイナスしかないこともあるが、何よりもよくよく話を聞くと、この「A氏が悪い」というのもかなりビミョーな話だったからだ。

 A氏側の主張によれば、もともと部下に厳しく当たっていたのは、A氏自身も上司から厳しいノルマなどが与えられてプレッシャーにさらされていたからだという。さらに、自分に問題があるのなら直接注意をしてくれとB氏に何度も頼んだが、それを無視して全社員の前で「さらしもの」にしたという。A氏からすれば自分は会社から「憎まれ役」を押しつけられた挙げ句、トカゲの尻尾切りのように切り捨てられた「被害者」というワケだ。

 パワハラの現場では、よくこういうことがある。双方が「自分は正しい」と主張して、むしろ「自分は被害者」だと訴える。パワハラをしている人間も「周囲に示しがつかないので厳しく注意しただけ」「あいつはやられて当然」などと非を認めない。それどころか、相手に対して「向こうがその気なら徹底的にやりますよ」なんて感じで激しい憎悪を見せる。「オレは絶対に間違っていない」という信念があるので、「間違っている相手」に対して容赦なく非道な仕打ちができるのだ。

 そう聞くと、何かに似ていることに気付かないか。そう、まさしくこれは半沢直樹の姿だ。この銀行マンは普段は温厚だが、相手から攻撃を受けると途端に人柄が急変し、反社会的勢力のように相手を威嚇・どう喝する。例えば、先ほどの永田にも「腐った肉のにおいがする」なんて罵声を浴びせている。

 「やられたらやり返す」と言いながらも、明らかに度を越した「倍返し」に走っているのだ。

 そんな「キレると過剰防衛するサラリーマン」こそが、実は半沢直樹というビジネス歌舞伎で描かれているサラリーマンのリアルなのだ。事実、「不正を働いた人間を公開処刑して組織の士気を上げる」という手法も一見すると現実離れしているが、先ほども述べたように、日本企業の中で当たり前のように浸透しているベタな手法である。

 もちろん、こちらはフィクションなので永田は100%ピュアな悪人だったが、現実の企業で不正をする者の多くは、さまざまな要素がある。数年前に多発した検査データの改ざんなど、組織や仲間を守るために不正に手を染めるケースもあるのだ。

 そういうビミョーな悪人を「公開処刑」で吊(つる)し上げれば後々どんなトラブルになるのかは容易に想像できよう。

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