現在、国内にはラビットハウスのような小規模な映画配給会社が乱立している。その数は正確に把握できないものの、1990年代以降に増えてきたという。では、なぜ配給会社は増えているのか。
理由の1つが、この20年間、国内のマーケットがやや拡大傾向にあることだ。国内の興行収入の統計があるのは2000年以降。だいたい2000億円前後で推移し、14年以降は毎年2000億円を超え、19年は過去最高の2500億円超えとなった。
この過程で、洋画と邦画のシェアが変化した。2000年代前半のシェアは「洋画7:邦画3」くらいで「洋画>邦画」だった。だが06年に邦画が逆転すると、シェアが6割を超える年も出てきた。これは民放キー局による作品や、アニメ作品の大ヒットが要因となっている。
配給会社別のシェアを見ると、国内で常にトップに立つのは東宝。昨年には30%(『天気の子』『名探偵コナン 紺青の拳』『キングダム』『ドラえもん のび太の月面探査記』)を占め、他社から抜きん出ている。それ以外の配給会社は、ヒット作があるかどうかで順位が変わる。
2位にディズニー(『アナと雪の女王2』『アラジン』『トイストーリー4』『ライオンキング』)、3位にワーナー(『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』)、4位に松竹(『劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪マジLOVEキングダム』『ファブル』)、5位に東映(『劇場版ONE PIECE STAMPEDE』)と続く。
19年では、上位12社だけで全体の85%程度のシェアを占めていて、90%を占める年もある。簡単に言えば、10〜15%のシェアを数多くの中小配給会社が奪い合っているのだ。しかし、増田氏は「それでも十分勝負ができる」と話す。
「例えばですが、2000億円の10%は200億円です。これだけの市場があれば、私たちのような小さな配給会社でも、月々のランニングコストを抑えていけば勝負ができます。以前は小さな配給会社のマーケットは全体の5%くらいでした。チャンスは広がっています」
配給会社が増えたもう1つの大きな理由は、映画の製作や上映がデジタル化したことにある。以前は作品をフィルムに焼き付けるのに1本20万円ほどの費用がかかり、上映中はその映画館にフィルムを置いておかなければならず、上映する映画館の数だけフィルムを作る必要があった。それが10年頃までに映画館がデジタル化されると、映画館のサーバにデータを入れれば済むようになり、大幅な省コスト化が実現したのだ。
同時に、宣伝方法も変わった。大手の配給会社は、多くの映画館を押さえ多額の費用を払ってテレビCMを放送する。話題のコミックが原作の映画であれば、15秒のCMでも多くの人に届くため、多額の費用を払ってもビジネスは成り立つ。だから映画は原作重視で作られることが多い。
小規模な配給会社はCMを放送する予算がなかった一方、SNSの普及によって、予算を使わずに映画の宣伝や評判を拡散できるようになった。映画の感想がTwitterなどで話題になると、口コミで広がる。東海地方のローカルドラマだった『本気のしるし』もネット上で話題になったことも幸いして映画化までこぎつけた。SNSの宣伝効果は十分にあるのだ。
デジタル化やSNSによる省コスト化が実現したことで、小さな配給会社でも積極的に作品を製作してヒットを狙えるようになった。低予算の映画ながら興行収入が30億円を超えた17年の『カメラを止めるな!』のように、映画は一発当たれば大きなビジネスになる。
「映画がビジネスとして面白いのは、製作費が高くても安くても、映画館の入場料は一律である点ではないでしょうか。自動車やPCなどの製品はスペックによって値段も違いますね。一方の映画は、低予算で作った作品であっても、100億円掛かったハリウッドの作品と同じ土俵にあげられる。この点は私たちのような小さな会社にとって魅力なのです」
とはいえ、小さな配給会社として生き残るために、増田氏は今後の構想を描いている。新型コロナの影響を受ける前から取り組もうと考えていたのが、VR作品の製作だ。VRコンテンツを幅広く制作する講談社VRラボと、共同でプロジェクトを進めている。
講談社VRラボは、全世界で人気を誇る 『AKIRA(アキラ)』『 攻殻機動隊 』などの大手出版社・講談社と、『トランスフォーマー プライム』『スター・ウォーズ;クローンウォーズ』など世界的な評価が高いデジタルアニメーションを制作しているポリゴン・ピクチュアズが共同出資して17年に設立された。脚本アナリストの資格を持つ増田氏に、講談社VRラボの石丸健二社長から声がかかったという。
「石丸社長から、海外の映画祭ではすでにVR部門ができていて、想像以上にユニークでオリジナリティのある作品がたくさんあると聞きました。ただVRの没入感、体感、インタラクションを複合的に利用した良質なストーリーテリングがまだまだ少ないので、そのジャンルを開拓していくために映画的な経験値をお借りしたいとお話をいただきました」
また増田氏は、20年から作品製作と配給以外にも新たな取り組みを始めている。「なら国際映画祭」のエグゼクティブプロデューサーを務める河瀬直美監督から打診を受けて、広報の支援とシネマインターンのインストラクターを務めることになったのだ。
同映画祭は隔年開催ながら、地方としては規模が大きい。今年は9月18日から22日まで開催し、さまざまなプログラムを展開する。目玉は世界中の若手監督の作品によるインターナショナルコンペティションだ。優秀作品に選ばれると、「NARAtive」と呼ばれる映画制作プロジェクトに企画を提案する権利が得られる。
「NARAtive」に企画が採用されれば、「なら国際映画祭」のプロデュースによって作品を製作でき、完成後は同映画祭で上映することができる。今年上映が決まっている中国のボンフェイ監督による『再会の奈良』は、前回の同映画祭で選ばれたボンフェイ監督の企画だ。
映画祭では期間中、東大寺や春日大社、奈良公園などの会場で、招待作品や特別上映、世界の学生映画など50以上の作品が上映されるほか、10代の若者による映画の審査やワークショップなど、次世代の映画人を育てるプログラムもある。増田氏がインストラクターとして担当するシネマインターンは、18歳以下の少年少女5人が、映画の配給や宣伝に挑戦するものだ。
「映画祭で上映する作品『静かな雨』の宣伝に挑戦してもらっています。フライヤーを作成するところから始めて、作品を紹介してもらえるように、新聞社などにアタックしています。私たち配給会社の仕事と同じことを体験するので意義のある取り組みだと思います」
VRや映画祭での若手育成など、増田氏が取り組む事業は、映画業界の今後を見据えてのものだ。ただ、新型コロナが業界にもたらす変化は深刻だという。
「今後はおそらく企業が映画にお金を出せなくなり製作本数は減るでしょう。現場では製作費の高騰も予想されます。すでに、これまでは2日間で撮影できていたものが、密にならない、アクリル板が必要といったコロナ対策をすることで、3〜4日かかるようになりました。製作費はスタッフの宿泊費や食費、機材のレンタルなどを考えれば、撮影1日あたり300〜400万円は最低でもかかりますから、倍近くかかってくる可能性があります」
また新型コロナの感染拡大後は、AmazonプライムやNetflixなどの動画配信サービスで映画を見る人が確実に増えた。これらの動画配信サービスの場合、1回視聴するたびの課金であれば何割かが配給会社に入っていた。だが、現在は買い切りによる見放題が主流になっている現実がある。そうなると配給会社にとっては映画館に足を運んでもらうことこそが最大の収入源であることに変わりはない。しかし、新型コロナは映画館離れにも拍車を掛けている。
「これからも映画館に来てお金を払ってくれるかという不安があります。今映画館に来ているのは若い人が多いですが、自宅で映画を見ることに慣れることで、映画離れにつながるのが怖いですね。特にシニアの方に関しては、映画館に足を運ぶことに、ちゅうちょしている人が多い気がします。9月19日以降は映画館も今の50%から100%の収容率に緩和され、満席が可能になりますが、観客がどれだけ戻ってくるかは読めないですね」
映画を取り巻く状況が厳しくなるなかで、今後はますます企画を開発することが必要になってくると増田氏は感じている。小規模な配給会社ができることは、コロナ禍であっても、いい作品を生み出すことに変わりはないからだ。
「映画館で携帯電話の電源を2時間だけ切って、物語に出会う時間は、ある意味とてもぜいたくで、貴重です。今後も廃れることはないと思いたい。物語は自分で想像する余白も与えてくれます。1本の映画を見たあとに気分が変わった体験は誰にでもあるはず。新しい日常がやってきても、あの暗闇で得られる物語や余白は、必ず人間をいやし、成長する糧になっていくと信じています」
田中圭太郎(たなか けいたろう)
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。「スポーツ報知大相撲ジャーナル」で相撲記事も担当。Webサイトはhttp://tanakakeitaro.link/。著書に『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)
ITmedia ビジネスオンラインで連載中の「パラリンピックで日本が変わる」。
だが、そのパラリンピックがいつどこで始まったか、知る人は少ない。
そして、パラリンピックの発展に、日本という国が深く関わっていることも、ほとんどの日本人は知らない。
パラリンピック60年の歴史をひもときながら、障害者、医師、官僚、教師、そして皇室の人びとといった、パラリンピックの灯を今日までつなげてきた人日本人たちのドラマを、関係者の貴重な証言から描く。
日本の障害者スポーツ史の決定版。
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