睡眠障害やうつなどの疑いがあるメンバーをプロジェクトから外すようなスクリーニングとして用いられかねないほか、喫煙や食習慣といった個人の嗜好に関わるライフスタイルを能力発揮の観点から分析・矯正するツールにもなり得る懸念があるからです。
仮に、同僚より偏食気味でへビースモーカーだったり、ストレス度が強めに検出されたりした社員がいたとします。健康診断の結果などに取り立てて問題がなかったとしても、経営層や人事が、ウェアラブル端末から得た長期間にわたる膨大な生体情報を、彼の担当配置を決める上でのいち要素として考慮に入れない、とも限りません。例えばこの社員の通常業務には全く問題が無くとも、身体的・心理的に負荷の高い重要業務に就かせるかどうかの判断では、こうした「数値上の潜在リスク」に目が行く管理職もいるのではないでしょうか。
実際問題としてこのような利用の仕方は可能なのです。プレゼンの際にバイタルが落ち着いており、上司との接触時間が多く、週3回以上の有酸素運動の習慣がある人ほど成長する――そういった詳細な生体情報と仕事のパフォーマンスの相関関係が明確になれば、企業はまずそれを研修プログラムや支援メニューに組み込もうとするでしょう。
いくつかのテック企業では、ウェアラブル端末による「感情分析ソリューション」がすでに実用化されています。いわゆる「感情の見える化」です。あるソフトでは、感情履歴と業務履歴を突き合わせることができます。これら全てのデータをフル活用すれば、健康情報の裏付けに基づく仕事の処理能力や信頼度などから、優秀な人材モデルを構築することも恐らく不可能ではありません。そうなると、最悪の場合、個々の生体情報の解析をベースにして社員が階層化される恐れが生じます。
このような事態を招きかねない傾向は、コロナ禍によって拍車が掛かることでしょう。
歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、国民の健康状態を知ろうとする各国政府の動きを踏まえて、それを「体外の」監視から「皮下の」監視への劇的な移行を意味していると警告しました(Yuval Noah Harari: the world after coronavirus/FT)。
コロナ禍が長期化する今、企業が従業員の体調を把握することはもはや必須科目になりつつあります。そして、ウェアラブル端末があれば煩雑になりがちな管理を一元化できるというわけです。
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