健康経営企業による悪意無き「健康監視社会」のディストピアとは命令も強制も無いまま(3/3 ページ)

» 2020年11月04日 08時00分 公開
[真鍋厚ITmedia]
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明らかな命令・強制は無いものの……

 感染症といった公衆衛生の危機が今後も断続的に発生することを考慮すると、少なくない企業でデジタルデバイスを使った生体情報の取得が日常化していくことは想像に難くありません。それが実は前述の良いシナリオも悪いシナリオももたらし得る多くの可能性を開示するのです。

 先進的な企業ほどこのような選択肢を回避することは難しいでしょう。

 ロンドン大学ゴールドスミス校のイノベーションディレクターのクリス・ブラウアーは、アスリートなどスポーツ科学における華々しい成果を念頭に、「われわれは近い将来、全ての目標達成を目指す分野で同じようなことを目撃するだろう。大半の分野で生じる可能性があるのは、ウェアラブルを義務付けるべきかという問題よりもむしろ、それなしに競争できるのかという問題になる」という意味深な言葉を残しています(どう扱う? 従業員のウエアラブル端末情報/WSJ)。

 そう遠くない未来にわたしたちはこんな光景を目にするかもしれません。

 能力向上やステップアップに、ヘルステックが必須化するにつれて、数多のアプリが周到に促す行動修正によって、知らず知らずライフスタイルが規定の範囲内に収まってしまう世界です。つまり、明示的な命令や強制は一切存在しないにもかかわらず、不健康な生活を送ったり精神的な退廃を来たさないよう、常時それとなくパターナルに微調整されてゆく世界です。

 とはいえ、こうせよ、ああせよとアドバイスする具体的な人物の姿はどこにも見当たらないことでしょう。それを支配するのは雇用主やテック企業ですらなく、恐らくは多様なデータを読み解く精緻なアルゴリズムなのです。

真鍋厚(まなべ あつし/評論家)

1979年、奈良県天理市生まれ。大阪芸術大学大学院芸術制作研究科修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。専門分野はテロリズム、ネット炎上、コミュニティーなど。著書に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)がある。


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